男どころか、泥沼でもがく動物だらう。
やつぱり酒だ、最後には涸れた川へ転落した。

 十一月廿七日

敬坊のやつてくる日だ、予期すると先月のやうに違約されたとき癪にさわるから、待たないやうにして待つてゐるのだ。
午後になると、樹明君が待ちきれなくてやつてきた、連れだつて敬坊の実家附近へゆく、ゐた、ゐた、今、帰つたところだと敬坊がいふ、坊ちやんがついてゐる、奥さんの用心ぶかい策かも知れない、瘤つきの敬坊! 防腐剤添加の敬坊、坊ちやんは私を忘れてゐなかつた。
途中、茶店で食べた鰯の卯の花鮨はうまかつた。
樹明君が鯨肉、私が海老雑魚、敬坊がヱソを買ふ、酒も醤油も彼に買はせる、たいへんな御馳走だ、まづ鯨の酢の物、ヱソの刺身、たゝき魚の吸物、海老の煮付、等、等、等だ。
其中庵の饗宴だけでは足らないので、三人揃つて街へ、そして例の窟[#「窟」に白三角傍点]で要領よく飲んだ、この三人で、この始末は大出来々々々。

 十一月廿八日

しづかな一日、しぐれがわびしかつた、友がこひしかつた。
昨日、樹明君から袷、敬坊から帽子を頂戴した。

 十一月廿九日

朝早くF家から蕪と柿とを貰つた、そしてSから冬着を送つてきた、ありがたし、かたじけなし。
寒かつたが上天気だつた、私だけには。
樹明君が夕方来て、入浴(十日ぶりだつた)して着物を改めてゐる私を見て、眼をみはつた、が、紳士のやうだは[#「だは」に「マヽ」の注記]いつてくれなかつた。

 十一月三十日

寒い、水仕舞する手が冷たい、もう足袋なしではゐられない、いよ/\本格的に冬となつた。
まことに好いお天気である、山を歩きまはる、どてらをきて、層雲をもつて、――とんぼまでうれしがつてゐる、山笑ふは春の季題だが、秋の山だつてほゝゑんでゐる。
ほつといた音信を書く、駅のポストまで出かける。
私は柿を食べるよりも眼で味ふ、私は不幸にして、まだ木の実の味はひを解してゐ[#「ゐ」に「マヽ」の注記]らない。
畑の野菜が食べきれないほどになつた、ちしや、ほうれんさう、しんぎくのうまさよ。
夕方から約束通りに学校の宿直室で樹明君と飲んだ、飲みすぎた、ソーセージはうまかつた、理髪して貰つてうれしかつた。
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・あしもとのりんだう一つ二つひらく
 からだいつぱい陽をあびとんぼに好かれる
[#ここで字下げ終わり]
自省自戒の言葉二三。
夜は長かつた、暗かつた、朝が待ち遠かつた、とう/\朝が来た、死にたくても死ねない人生だ、死ねないのに死にたい人生だ。

 十二月一日

更生一新の朔日でなければならない。
何ともかともいへない好日だ。
昨夜の今朝だから、だいぶ労れてはゐるけれど、身も心も軽い、冬に春がある、さういふ今日だ。
樹明君が朝早く来た、微醺を帯びてゐる、昨夜の残りをひつかけたのださうな、ソーセージがうますぎて少々あてられたといふ、談笑ちよつとで別れる。
釣瓶から蛙がとびだした、彼は文字通りの井底蛙だつたのだ、広い大地をぴよん/\とんでいつた、彼に幸あれ。
何よりも借金取が嫌だ、それほど嫌なら借金しなければよいのに――今日の借金取はFのおばさん、彼女は最初の来庵婦人といつてよからう。
大した借金はないが、また出来もしないが、借金だけはしないやうに努めませう(つまり懸[#「懸」に「マヽ」の注記]で飲まなければよいのです)。
今日も山を歩いた、私の別荘――山裾の草原日向――で読書したり冥想したりした、来庵者はこゝへ連れて来たいと思ふ(うまい水もわいてでる)。
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・けさはけさのほうれんさうのおしたし
・茶の木も庵らしくする花ざかり
・すくうてはのむ秋もをはりの水のいろ
・冬山をのぼれば遠火事のけむり
・あたゝかくあつまつてとんぼの幸福(とんぼの宿)
・赤さは日向の藪柑子
・とんぼにとんぼがひなたぼつこ
 ちろ/\おちてゆく冬めいた山の水
・ふめば露がせなかに陽があたる
    □
・お地蔵さまのお手のお花が小春日
    □
・めつきりお寒うなりました蕪を下さつた
 霜の落葉にいもりを汲みあげた
[#ここで字下げ終わり]
夜、樹明君が酒とソーセージとを持つて来庵、酒もうまい、ソーセージもうまい。
更けて街まで送つてゆく(といふつもりで出かけたが、途中すぐ別れた)、そしてそこらをたゞ歩いて戻つた、歩けば心がなぐさむといふのか、さりとは御苦労千万。

 十二月二日

日々好日でもない、悪日でもない、今日は今日の今日で沢山だらう。
鉄筆を握つたり、肥柄杓を握つたり。

 十二月三日

第五十回誕生日[#「第五十回誕生日」に傍点]、形影共に悲しむ風情。
午後、樹明来庵、程なく敬坊幻の如く来庵、三人揃へば酒、酒、酒。
酒が足りなくて街へ。――
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