てゐられないといふ、病む人に対してゐると私も病む人のやうに感じる、私だつて咳嗽で苦しんでゐるのだ、塩昆布に茶をかけては飲み、飲みして、とう/\薬鑵[#「鑵」に「マヽ」の注記]に二杯も飲んだ。
樹明君がお土産――といふより外ない――として塩鱒を二尾持つてきてくれた、早速台所につりさげる、そこらあたりが急ににぎやかになつた、うれしいなあと子供のやうによろこぶ、樹明大明神様々だ。
十時頃まで話す、話し倦くる塩[#「る塩」に「マヽ」の注記]昆布湯を飲んで。
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暗夜送つて出て長い尿する
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 十月廿四日

時雨模様、だん/\晴れて秋日和となる。
昨夜、樹明君が手をとつて教へてくれた三平汁[#「三平汁」に傍点](?)はめづらしくもあり、うまくもあつた。
今日から節食(節酒は書くまでもなし)。
時雨を聴く[#「時雨を聴く」に傍点](音の世界、いや声の世界[#「声の世界」に傍点])、私の境涯[#「私の境涯」に傍点]。
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・しぐれ空のしらみつつしぐれだした
・しぐれては百舌鳥のなくことよ
・朝からしぐれて柿の葉のうつくしさは
 しぐれてきた裏藪に戸をしめる
 しぐれる落葉はそのまゝでよし
・もぎのこされて柿の三つ四つしぐれてゐる
 もうはれてしぐれの露が干竿に
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虫があはたゞしくとぶ、こほろぎの恋、かまきりの恋、いなごの恋、今は恋のシーズン、やがて凋落の季節だ。
左の親指を火傷したので、右手ばかりでいろ/\やつてみる、やつてやれないことはないけれど、不自由千万である、指一本の力、その恩恵といつたやうなことを考へさせられる、そして片手の生活といふやうなことも。――
菜を間引く、雑草がはびこるには閉口する(神仏の前には菜も雑草もおなじものだらう)。
昼飯をすましてから学校へゆく、樹明君が宿直だからである、コヽアをよばれる、コヽアそのものよりもミルクがおいしかつた。
風呂をもらふ、夕飯をよばれる(樹明君は病気で飲めないのに私ひとり飲むのはすまなかつたが)、夜になつて戻つた、菜葉をたくさんさげて。
友はよいかな、ありがたいかな。
手探りで井戸の水をくんだ、何となく思ひが深かつた。
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ふるればおちる葉となつてゐた
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あつい茶をのんで、ぢつとしてゐる、身心が水のやうにおちついてきた、生死事大、無常迅速。……

 十月廿五日

まつたく朝寝だつた、床の中でサイレンを聞いたのだから。
寒い、寒い、冬物がほしいなあ、ことに今日はどんより曇つてゐるので、何だか陰気くさくて仕方がなかつた。
井戸端で菜葉を洗ふ。
落ちたるを拾ふ、のぢやない、捨てたのを拾ふ[#「捨てたのを拾ふ」に傍点]のぢや!
さみしいよりもわびしかつた。
風、――林の風に耳を澄ました。
樹明君から来信、すまない、すまない、ほんとうにすまない。
味噌を頂戴した、田舎味噌のおいしさは。
夜は読書、露伴道人の洗心録はなか/\面白かつた。
寝苦しかつた。

 十月廿六日

すべてがもう冬の近いことを思はせる、とりわけ風の音が。
夜来の風のために、けさは落葉がいつもより多かつた。
郵便を待つても待つても来なかつた、頭が痛い。
よくない手紙――書きたくない手紙を書いた、ウソとマコトとをとりまぜて、泣言と愚痴と嘆願とを述べ立てた、あゝ嫌だ。
樹明居を往訪する、病気見舞でもあるし、お詑びでもある(私のワヤの余沫が同君へまで飛んだのである)、対坐してゐるのも気の毒だから、水を腹いつぱいよばれて戻つた(こゝの井戸はもう水が涸れて濁つて、とても生水は飲めない)。
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・暮れてなほ柿もいでゐる
・明けるより柿をもぐ
・柿をもぐ長い長い竿の空
 あるけば寒い木の葉ちりくる
・秋のすがたのふりかつ[#「つ」に「マヽ」の注記]てはゆく
・ひとりの火がよう燃えます(改作)
・法衣ぬげば木の実ころころ(〃)
・更けてあたゝかい粥がふきだした
 夜をこめて落ちる葉は音たてゝ
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あぶら虫にはとても好感は持てないけれど、あぶら虫の恋を考へるとき、いぢらしいやうな、おかしいやうな気分になつて殺したいところを逃がしてやることもある。
夜は読書、一茶を読んだ、私は趣味的に彼をあまり好かないけれど、彼の作品にはあたまがさがる(さげるのぢやない)。
また風邪をひきそへたらしい、ひきそへ、ひきそへ、ひきそへて、さて、その風邪はどうなる?

 十月廿七日

もう足袋がほしい、つめたさを感じつゝ、明星のまたゝき、片われ月の寒いかげを眺めた。
しかし、日中はよいお天気で、日向ぼつこがうれしい。
防府まで出かけるつもりだつたが(いふまでもなく金策のために)、頭痛悪寒がするので、床
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