つくる。
山村庵居のしづけさやすらかさは何ともいへない。
柿が落ちる、蜂がくる、閑寂を楽しむ[#「閑寂を楽しむ」に傍点]。
九月廿五日
こづいて苦しくて寝てゐられないので、三時に起きて働らく、秋らしくない気分だつた。
樹明兄来庵、種子を貰ふ、早く畠をこしらへて、播かなければならない。
暮れてから、樹明兄再度来庵、藤本さんと同伴、夜間撮影をやつて下さる。
藤本さんは大商店の息子さんだ、オートバイでやつてきてゐる、それに便乗して街へ出る、そして樹明、山頭火の酒宴がはじまつた、うまい酒だつた、こゝろよく酔うて戻つて、ぐつすり寝た。
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・灯ればしたしく隣があつた
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九月廿六日
よく寝られたので、よい気持で読んだり耕したりするうちに、もう正午近くなつた、そこへ樹明兄突然顔を見せる、昨夜あれからひとりで飲みすぎて少し脱線したのでまたやつてきたといふ、飲みすぎ脱線には理解あまりある私だ、さつそく酒と豆腐とを買つてくる、いはゆる迎酒の苦さ旨さを味ふ、ほろ酔になつて出かける、途中で別れて、樹明兄は自宅へ、私は湯屋へ。
それがいけなかつた、こんどは私の飲みすぎ脱線だ、酔つぱらつて路傍に寝てしまつた(後から聞けば、私の寝姿を見た者が二三あるらしい)、とう/\帰庵かなはずしてK婆さんの家で夜を明かした、そして未明、ふら/\歩いてゐたら、非常線にひつかゝつた、しかしそこは海千河千の私だ、うまくいひぬけた、『ずゐぶん早い散歩ですねえ』と刑事先生びつくりしてゐた!
よい酒とわるい酒とがあるやうに、よい酔とわるい酔とがあるとすれば、昨夜の酒は、いや今夜の酒はたしかにわるい酒であり、わるい酔だつた。
インバイに戯れ、ハダシで散歩するなんてことは悪趣味ぢやない、悪行そのものだ、ことに禅宗坊主に於てをやである。……
九月廿七日
曇、雨、晴れでないので助かつた。
風呂へはいつて一切を洗ひ落して戻ると、樹明さんと武波さんとがにや/\して待つてゐられた、悪行露見、罪業深重、いさぎよく白状して呵々大笑したことである、さうする外ないではないか!
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草の日向の蛇がかくれる穴はあつた
秋の蚊のないてきてはたゝかれる
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九月廿八日
大連の青葉君から、熊本の元寛君から、どちらもうれしいたよりがあつた。
咳が出て困る、喘息になりはすまいかと自他共に心配しないでもないが、不死身にちかい私のからだか[#「か」に「マヽ」の注記]らと放任して安心してゐる、また、このぐらゐの苦しみはあつてよろしい、近来どうも安易に流れ自堕落になつてゐるから!
夜は樹明兄に招かれて、学校の宿直室で夕飯を御馳走になつた、一杯やつたことは書くまでもあるまい、咳嗽薬まで戴いてきた。
今夜の酒は何とよい酒だつた、そしてよい酔だつた。
今日の特種は、竈《クド》をこしらへたことである、なか/\よく出来た、自分ながら感心する(樹明兄も感心してくれた)、これで炭代がういてくる、それだけ酒代が。
九月廿八日[#「九月廿八日」はママ]
好晴、伐木の音がこゝろよくきこえる。
樹明さんが吉野さんを連れてきて庵を描いて下さつた、三八九[#「三八九」に傍点]復活号の裏表紙に刷るのである、私は文字で庵を写さう。
夜、国森令弟わざ/\海の幸――小鯛一籠――を持つてきて下さつた、魚に添へてある青紫蘇の香が何ともいへないフレツシユだつた、早速焼いて酢に漬けた、あゝ、この好下物あつて酒なしとは……、うらめしや。
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・しづけさはこほろぎのとぶ
夜の奥から虫があつまつてくる
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九月三十日
憂欝な一日だつた。
土を耕やして大根を播いた、土のなつかしさ、したしさ、あたゝかさ、やはらかさ、やすけさ、しづけさ。……
ぼつ/\稲刈がはじまつた、豊年満作だ。
門外不出、もちろん酒なし。
暮れてから樹明兄来庵、野菜をたくさんいたゞいた、これだけあれば当分は安心してゐられる、野菜ばかりぢやない、別にまた一升寄贈だ、涙の出るほどうれしかつた。
十月一日
寝苦しくて三時にはもう起きてゐた、御飯炊も朝の勤行も、何もかもすんだのにまだ明けない。
天地高朗、日月清明の気候だ。
今日も畠いぢり、二畝耕やした、石ころ、草の根を除くのはかなり骨が折れるけれど愉快だ、ひともじ[#「ひともじ」に傍点]を植ゑつけた。
昨夜のお布施で買物をする、私がどんなにつゝましく買物をしたか、左の通りだ。――
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一、十銭 醤油二合 一、九銭 ハガキ六枚
一、七銭 味噌百目 一、十八銭 焼酎一合五勺
一、二銭 蠅取紙一枚 一、三銭 湯銭
一、八銭 上草履一足 一、十銭 玉葱代
一、五銭 辛子粉 一
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