してをけ、土地は誰の独占物でもない、雑草だつて生えて伸びて茂る権利があらうぢやないか。
暫らく読書、新聞がきたから新聞を読む。
早目に昼飯、塩昆布でお茶漬さら/\。
日中諷経は修證義、その語句が身にしみる。
樹明君から胃の薬[#「胃の薬」に傍点](いや白米大菩薩)到来、これで当分餓える心配なし、それにしてもいつまでも知友の厚情に甘えてゐてはならない、行乞、行乞、行乞に出かけやう、そして安易と我侭とを解消しよう(此一項は、読書の項の前に記入すべきだつた)。
樹明君の来信の一節に『しばらく菜根を噛んで静養して下さい』とある、まことにその通り、今日は文字通りの菜根デーだらう。
茶の花を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]しかへる、さびしい、ゆかしい花なるかな。
郵便さんがとう/\来なかつた、めづらしい事だ。
Jさんの妻君がいつものやうに子供多勢ひきつれて柿もぎに来た、子供はやつぱりうるさい、柿はしづかなのに。
憂欝が忍び足でやつてきた、それからのがれるには、歩くか、飲むか、寝るか、三つの手段があるが、歩くだけの元気なく、飲むほどの銭がなく、寝てみたが寝つかれないので、入浴と出かける、二銭五厘の遣悶策だ、あたゝかい湯に浸り、髯を剃つたら、だいぶ気軽になつた。
四日ぶりに街へ出かけたのだが、人間は人間の中へはいりたがる、それが自然でもある、私にだつてそれが本当だらう。
川ぞひのみぞそば[#「みぞそば」に傍点]のうつくしさ、私はしばし見惚れた、此地方のそれは特別にうつくしいと思ふ。
歩けばきつと蛇の二三匹におびやかされる、けふもまた蛙が喰ひつかれて断末魔の悲鳴をあげてゐた、いたましいとは思ふけれど、私はどうすることも出来ない、蛙よ、汝は汝の運命のつたなきを泣け!(芭蕉が大井川のほとりで秋風の捨児に与へたと同一の語句だ)
夕飯も茶漬でぼそ/\だつた。
晩課諷経は普門品にする、偈頌の後半部はまつたくうれしい、身心がのび/\するやうだつた。
夜は読んだり書いたり、さて寝ようかなと思つてゐるところへ、樹明君の足音が聞える、久振だな、といつても四日振だ、それほど二人はしげ/\逢つてゐた、逢はずにはゐられないのだ。
あれこれ話しつゞけてゐたが、いよ/\農繁期に入つたのでまた暫らく逢へまいといふので、一杯やることに相談一決(いつでも異議のあつたことがない!)私は支度、君は街まで一走り。
いゝ酒だつた、罐詰もうまかつた、私が大部分平らげた、そしてずゐぶん酔うて、君を困らしたらしい、例の常習的変態デマをとばしたのだらう、とにかく、私は親友に対しては駄々ツ児だ。
幸にして(樹明君が今夜はいつもとちがつてしつかりしてゐた)ワヤにならなかつた、ありがたかつた。
送つて出て月がある、――それから、粥を煮て食べた、このあたりの行為は夢遊病者に似てゐる。
就寝前の言葉として(附記)
飛躍[#「飛躍」に傍点]はなかつた、しかし、たしかに諦観[#「諦観」に傍点]はあつた、自己超越に近いもの、身心脱落らしいもの、さういふ心境への第一歩を歩んだと信じてゐる。
[#ここから2字下げ]
・秋空、うめくは豚(追加)
・朝は陽のとゞくところで茶の花見つけた
めをとで柿もぐ空が高い
秋の山の近道の花をつんでもどる
・たそがれる木かげから木かげへ人かげ
[#ここで字下げ終わり]
十月二十日
まつたく朝寝だつた、六時のサイレンで眼が覚めたのだ、それほど、昨夜は快く酔うたのである。
そしてまた、よい御飯、よいお汁だつた。
山へ石蕗の花を貰ひに行く、そこにもこゝにも黄金色のかたまりがかゞやいてゐる、野の花としても、また庭の花としても賞美するに足る、すこし盛りをすぎてはゐたが、欲しいだけのものは貰つた、戻つて、ふと袖や裾を見ると、草の実だらけだ、これは一本まゐつた、花だけ求めたのはやつぱり人間のエゴだ。
長崎の十返花君から、枇杷二部とハガキ、同誌はこぢんまりと気がきいてゐたが、どうやら気がきゝすぎてきた様子、もう止めるかも知れないといふ源[#「源」に「マヽ」の注記]因の一つはこゝにあらう。
百舌鳥がしきり啼く、そして私は胃が悪い、むろん痔はよくない。
昼御飯を食べてから湯屋まで出かける、今日も道すがら、みぞそばの美にうたれた、帰途は前の家のF老人と道連れになり、世間話をつゞけた。
空家の庭園から、コスモスと鶏頭とを盗んできて仏様にあげる。
北九州の炭坑町で、酌婦と坑夫とのダイナマイト心中があつたさうな、いかにも北州[#「北州」に「マヽ」の注記]らしい、そして病酌婦と失職坑夫との心中らしい。
塩昆布をこしらへる、昆布五銭、醤油十銭。
柿と娘、――これは日々見る活画題だ。
町のお寺で幼稚園の遊戯を見物してゐるうちに、涙ぐましくなつて閉口した、白
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