ことが出来たことは出来たが、――冬村君にはすまなかつた、何ともかともいひやうがない。
ぼうとして戻つてきた、手の火傷がいたい、茶碗をこはした、むしやくしやして寝てゐるところへ樹明君がやつてきた、とても起きあがれないので寝たまゝでむちやくちやを話す、君も或る事件でむしやくしやしてゐる、いつしよに飲みにゆかうといふのも断つて、そのまゝ悪夢を見つゞけた。……
かうして生てゐてどうするんだ、生きてゐる以上は生きてゐるに値するだけの生活(たとへそれはたゞ主観的であつても)を営まなければ嘘だ、もう嘘には倦いた、本当らしい嘘[#「本当らしい嘘」に傍点]をくりかへしては今日まで存らへてゐたが。……
十月十七日
終日就床、昨日の飯を食べてゐた。
自己清算、それが出来なければ私はもう生きてゐられなくなつた、いさぎよく、自己決算[#「自己決算」に傍点]でもやれ(やれるかい)。
自殺はやつぱり嫌だ、嫌なばかりぢやない、周囲の人々に迷惑をかける、それは自分をごまかすばかりでなく、他人の好意に悪感を酬いるばかりだ。
死ぬにも死ねない、生きるにも生きられない、ヂレンマだ、こゝに宗教的、殊に禅の飛躍[#「禅の飛躍」に傍点]がなければならない。
[#ここから2字下げ]
・あてもなくあるけば月がついてくる
・月も林をさまよふてゐた
[#ここで字下げ終わり]
夜、菜葉粥[#「菜葉粥」に傍点]をこしらへて食べた、それでだいぶ身心がなごんだ。
買物――昨日の買物をつけてをく。
[#ここから1字下げ]
一、 九銭 ハガキ六枚 一、 十銭 湯札四枚
一、十二銭 昆布五十目 一、二十三銭 日和下駄一足
一、二十銭 焼酎二合 一、 七銭 バツト一ツ
〆金 八十一銭
外にワヤ代(冬村君の保證によつて懸)
[#ここから2字下げ]
□
・こゝろおちつかず塩昆布を煮る
・さみしさへしぶい茶をそゝぐ
[#ここで字下げ終わり]
長い、長い一夜だつた、展転反側とはこれだらう、あれを思ひこれを考へる、ガランとして、そしてうづまくものがあつた。……
十月十八日
曇、やつと平静をとりもどした、お観音さまの御命日なので普門品読誦、胸がいたい、罰だ、みんな自業自得だ、いつさいがつさい投げだして清算しよう、さうするより外に私の復活する方法はない。
郵便がきた、新聞がきた、さてこのつぎには何がくるか、何もない!
出かける元気もないし、出かければロクな事はないし、それではどうするか、寝るか読むか書くか、よろしい、土いぢり草とりがいちばんよろしい。
□
白船老から手紙と半切とが来た、これで其中庵も持つべきものを一つ持つことが出来た訳だ、多謝多謝。
だん/\晴れる、空も人も。
自から閉門を申渡して蟄居謹慎、しんみりと土に遊んだ[#「土に遊んだ」に傍点]。
さみしいといひ、いら/\するといふ、すべてがワガママ[#「ワガママ」に傍点]だ、このワガママがとれなければ私は救はれない。
[#ここから2字下げ]
・ひとりで障子いつぱいの日かげで
・おちつけば茶の花もほつ/\咲いて
煮えるもののかげがある寒いゆふべで
[#ここで字下げ終わり]
しづかに読む、そして読経、しづかに暮れていつた。
[#ここから2字下げ]
・みほとけのかげにぬかづくもののかげ
□
・闇夜かへつてきてあついあついお茶
・秋の夜ふかうして心臓を聴く
[#ここで字下げ終わり]
十月十九日
曇、雨が近いらしい。
けさも朝寝、といつても五時過ぎ、咳で覚めたのである、いやな夢も見たのだ、小人夢多し、是非もないかな。
火を焚くことが上手になつた、習ふより慣れろだ、今までは木炭で自炊してゐたのだが。
百舌鳥が啼く、サイレンが鳴る、両者は関係がないけれど、私の主観に於ては融合する、百舌鳥は自然のサイレン、サイレンは人間の百舌鳥か。
苦茗、といふよりも熱茗をすゝる、まづ最初の一杯を仏前に供へることは決して忘れない、私にも草庵一風の茶味があつてもよからう、しかし、酒から茶への転換はまだ/\むつかしい。
寒い、ほんとうに寒い、もう単衣でもあるまいぢやないか、冬物はこしらへて送つてあげますといつてよこした人が怨めしい、といふのも私の我儘だけれど。
今日の御飯は可もなく不可もなし、やつぱり底が焦げついて香しくなるやうでないとおいしくない。
朝課諷経は食後にして、大根おろしに納豆で食べる、朝飯はいちばんうまい。
畑を見まはる、楽しみこゝにあり、肥料をやつたので、ひよろひよろ大根がだいぶしつかりしてきた、白菜はもう一度間引しなければなるまい、ひともじ[#「ひともじ」に傍点]の勢のよさ、何とほうれんさうが伸ぶことぞ、新菊は芽生える/\。
掃く、柿の落葉だけだ、雑草はそのまゝに
前へ
次へ
全23ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング