身をも忘れてしまへ。
△型にはめて生きた人間を評して貰ひたくない、生身は刻々色もかはれば味もかはる、それでよいのだ、それが本当だ、私は私でたくさんだ、山頭火は山頭火であればけつかうだ。
食べても食べてもほうれんさうが食べきれない、といふやうな事を思ふのも人間のエゴだらう。
△木の実の味が解らないでは、自然を十分に味へない、自然は眼でも耳でも舌でも――からだぜんたいで味はなければならない。
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世の中はウソもマコトもなかりけり
    火はあたゝかく水はすゞしく
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これが三八九を綴ぢながらの感想だつた。
左足が神経痛で、少々びつこをひくやうになつた、けつかう、けつこう、足が一本になると身持がよくなる、よくならずにはゐまい(両足ともいけなくなつては、いつぞや樹明君と話しあつたやうに、自殺しなければなるまいから困る、自殺そのものには困らないけれど、後始末に困るだらうと思ふ)。
夜は樹明君が手伝つてくれた。
私の大根は葉ばかり出来て根が出来ない、大根でなく大葉だ、それでも今朝おろしにして食べたらうまかつた。
△自分の手で作つた野菜はヨリうまい、これはエゴぢやない、自然と自己との融合調和からくるよろこびだ(自分の所有する土地で出来た野菜だからうまいといふのはエゴだらう)。
死期遠からず[#「死期遠からず」に傍点]――何となくこんな気分になつた、心臓の悪いことは自分でもよく知つてゐるが、それよりほかに、何物か自分に近づいてくるけはひを感じる。

 十二月十日

寒い、霜、氷、菜葉を洗ふ手がかじけた、このごろは菜葉ばかり食べてゐる、ほかに食べるものもないが。
△手といふものはありがたいものだと、手をうごかしながらつく/″\思つたことである、自己感謝[#「自己感謝」に傍点]とでもいふか。
貧苦と貧楽[#「貧苦と貧楽」に傍点]、御酒漫談[#「御酒漫談」に傍点]、などゝ他愛もない事を考へながら三八九の発送準備、それにつけても郵送料二円ほど欲しいなあ。
晩方、Jさんが白菜二玉持つてきてくれた、見事々々。
私の生活を羨むなかれ、これはウソからでたマコトだよ。
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・いつしか明けてゐる茶の花
・ひらりとおちたは蔦のいちまい
・よい月夜の誰かを待つ
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 十二月十一日

今日ですつかり三八九の仕事がをはつた
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