ち/\あるいてゐる、子蜘蛛がおほぜいで網を張るおけいこをしてゐた。
午後一浴(一杯がないのは残念々々)、もうトンビをきてゐる人もあるのに私はまだ単衣だ、KSよ、早く送つてちようだい。
酒屋さんが空罎とりにやつてきた、酒のことを話し合ふ、酒では私も専門家の一人だ(酒客としても、またかつては同業者としても)、今日の会話はこれだけ。
日暮頃から、やうやう雨になつた、慈雨といつてよからう、野良仕事には困るだらうけれど、水不足には一層困るから。
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・山をあるけば木の実ひらふともなく
・水くんでくる草の実ついてくる
 森はまづいりくちの櫨を染め
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夜はしづかだつた、雨の音、落葉の音、そして虫の声、鳥の声、きちんと机にむいて、芭蕉句集を読みかへした、すぐれた句が秋の部に多いのは当然であるが、さすがに芭蕉の心境はれいろうとうてつ、一塵を立せず、孤高独歩の寂静三昧である、深さ、静けさ、こまやかさ、わびしさ、――東洋的、日本的、仏教的(禅)なものが、しん/\として掬めども尽きない。

 十一月七日

とう/\朝寝坊になつてしまつたが、眠られないより眠られる方がよろしい、よき食慾はあつたけれど、よき睡眠はなかつたから。
今日は立冬、寒い、寒い、洟水が出るから情ない、冬隣から初冬へ。
晴れてはあたゝかく、曇れば寒い。
樹明君からサクラ到来、そのためでもあるまいが、少し跳ねて少しワヤ!

 十一月八日

やつぱり跳ねすぎた、――飲む、寝る、――そして。
盃の焼酎に落ちて溺れて蠅が死んだ、それは私自身の姿ではなかつたか。

 十一月九日

ブランクだ、空白のまゝにしてをかう。
十日の分もおなじく、さうする外ない。

 十一月十一日

星城子君から小包が来た、今春預けて置いた古袷を送つて下さつたのである、これでやつと冬着をきることが出来る。
この一封を見よ[#「この一封を見よ」に傍点](山頭火様御煙草銭として若干金添入してあつた)何といふあたゝかい星城子君の志だらう、剣道四段の胸に咲いた赤い花ではないか。

 十一月十二日

どうしても身心がすぐれない。
昨日、星城子君から戴いたゲルトを汽車賃にして白船居を訪ねる、いつ逢つてもかはらない温厚の君士[#「士」に「マヽ」の注記]人、すこし快活になつて、夜は質郎居で雑草句会、いつものやうに与太もとばせない、
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