出て困る、喘息になりはすまいかと自他共に心配しないでもないが、不死身にちかい私のからだか[#「か」に「マヽ」の注記]らと放任して安心してゐる、また、このぐらゐの苦しみはあつてよろしい、近来どうも安易に流れ自堕落になつてゐるから!
夜は樹明兄に招かれて、学校の宿直室で夕飯を御馳走になつた、一杯やつたことは書くまでもあるまい、咳嗽薬まで戴いてきた。
今夜の酒は何とよい酒だつた、そしてよい酔だつた。
今日の特種は、竈《クド》をこしらへたことである、なか/\よく出来た、自分ながら感心する(樹明兄も感心してくれた)、これで炭代がういてくる、それだけ酒代が。

 九月廿八日[#「九月廿八日」はママ]

好晴、伐木の音がこゝろよくきこえる。
樹明さんが吉野さんを連れてきて庵を描いて下さつた、三八九[#「三八九」に傍点]復活号の裏表紙に刷るのである、私は文字で庵を写さう。
夜、国森令弟わざ/\海の幸――小鯛一籠――を持つてきて下さつた、魚に添へてある青紫蘇の香が何ともいへないフレツシユだつた、早速焼いて酢に漬けた、あゝ、この好下物あつて酒なしとは……、うらめしや。
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・しづけさはこほろぎのとぶ
 夜の奥から虫があつまつてくる
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 九月三十日

憂欝な一日だつた。
土を耕やして大根を播いた、土のなつかしさ、したしさ、あたゝかさ、やはらかさ、やすけさ、しづけさ。……
ぼつ/\稲刈がはじまつた、豊年満作だ。
門外不出、もちろん酒なし。
暮れてから樹明兄来庵、野菜をたくさんいたゞいた、これだけあれば当分は安心してゐられる、野菜ばかりぢやない、別にまた一升寄贈だ、涙の出るほどうれしかつた。

 十月一日

寝苦しくて三時にはもう起きてゐた、御飯炊も朝の勤行も、何もかもすんだのにまだ明けない。
天地高朗、日月清明の気候だ。
今日も畠いぢり、二畝耕やした、石ころ、草の根を除くのはかなり骨が折れるけれど愉快だ、ひともじ[#「ひともじ」に傍点]を植ゑつけた。
昨夜のお布施で買物をする、私がどんなにつゝましく買物をしたか、左の通りだ。――
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一、十銭 醤油二合  一、九銭 ハガキ六枚
一、七銭 味噌百目  一、十八銭 焼酎一合五勺
一、二銭 蠅取紙一枚 一、三銭 湯銭
一、八銭 上草履一足 一、十銭 玉葱代
一、五銭 辛子粉   一
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