のやうにおちついてきた、生死事大、無常迅速。……

 十月廿五日

まつたく朝寝だつた、床の中でサイレンを聞いたのだから。
寒い、寒い、冬物がほしいなあ、ことに今日はどんより曇つてゐるので、何だか陰気くさくて仕方がなかつた。
井戸端で菜葉を洗ふ。
落ちたるを拾ふ、のぢやない、捨てたのを拾ふ[#「捨てたのを拾ふ」に傍点]のぢや!
さみしいよりもわびしかつた。
風、――林の風に耳を澄ました。
樹明君から来信、すまない、すまない、ほんとうにすまない。
味噌を頂戴した、田舎味噌のおいしさは。
夜は読書、露伴道人の洗心録はなか/\面白かつた。
寝苦しかつた。

 十月廿六日

すべてがもう冬の近いことを思はせる、とりわけ風の音が。
夜来の風のために、けさは落葉がいつもより多かつた。
郵便を待つても待つても来なかつた、頭が痛い。
よくない手紙――書きたくない手紙を書いた、ウソとマコトとをとりまぜて、泣言と愚痴と嘆願とを述べ立てた、あゝ嫌だ。
樹明居を往訪する、病気見舞でもあるし、お詑びでもある(私のワヤの余沫が同君へまで飛んだのである)、対坐してゐるのも気の毒だから、水を腹いつぱいよばれて戻つた(こゝの井戸はもう水が涸れて濁つて、とても生水は飲めない)。
[#ここから2字下げ]
・暮れてなほ柿もいでゐる
・明けるより柿をもぐ
・柿をもぐ長い長い竿の空
 あるけば寒い木の葉ちりくる
・秋のすがたのふりかつ[#「つ」に「マヽ」の注記]てはゆく
・ひとりの火がよう燃えます(改作)
・法衣ぬげば木の実ころころ(〃)
・更けてあたゝかい粥がふきだした
 夜をこめて落ちる葉は音たてゝ
[#ここで字下げ終わり]
あぶら虫にはとても好感は持てないけれど、あぶら虫の恋を考へるとき、いぢらしいやうな、おかしいやうな気分になつて殺したいところを逃がしてやることもある。
夜は読書、一茶を読んだ、私は趣味的に彼をあまり好かないけれど、彼の作品にはあたまがさがる(さげるのぢやない)。
また風邪をひきそへたらしい、ひきそへ、ひきそへ、ひきそへて、さて、その風邪はどうなる?

 十月廿七日

もう足袋がほしい、つめたさを感じつゝ、明星のまたゝき、片われ月の寒いかげを眺めた。
しかし、日中はよいお天気で、日向ぼつこがうれしい。
防府まで出かけるつもりだつたが(いふまでもなく金策のために)、頭痛悪寒がするので、床
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