べきぢやない、結庵入庵の記念祝宴[#「結庵入庵の記念祝宴」に傍点]なのだ、しかも私は例によつて文なしだ、恥を忍んで、といふよりも鉄面皮になつて、樹明兄から五十銭銀貨三枚を借りる(返さなければ掠奪だ!)、街へ出て、鮹、蒲鉾、酒、煙草、葉書を買うて来る、二人でやつてゐるうちに、冬村君もやつてきて、三人で大に愉快にやつた、めでたしめでたし、万歳万歳。――
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・身にちかくあまりにちかくつくつくぼうし
昼虫のしづけさを雨が落ちだした
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夕方、樹明、敬治二兄同道来庵、酒、魚、鮨、すべて持参だから恐入る、飲む、話す、笑ふ、酔ふ、そして三人いつしよに街へ出た、ちよんびり飲み直して宿屋に泊つた、三人ともいづれ劣らぬ脱線常習者なのだ、三人いつしよにぶらついて脱線しなかつたのだから、まことに不思議な愉快だつた。
九月廿三日
彼岸の中日、其中庵の開庵祝日でもある。
朝早く帰庵して拭いたり掃いたりする、御飯を炊きお菜を拵らへて、待つてゐる。……
間もなく二兄がニコ/\してやつてくる、すぐまた酒にする(此酒は私が買つた、敬治坊から頂戴したお祝儀で!)、そして三人で近隣の四五軒を挨拶して廻る、手土産として樹明兄がカルピスをあげる。
これで、私も変則ながら、矢足の住人となつた訳だ。
何といつても、樹明兄の知人が多く、敬治坊の親戚が多いのだから、私も肩身広く落ちつけるといふものだ。
夕方、三人で散歩する、後の山はよかつた、庵の跡、宮の跡、萩が咲きみだれてゐる、夕日がおだやかにしんみりと照らす、物と物、心と心とが融け合ふやうだ。
夜は、さらに水哉、冬村二君も来庵、かしわでうんと飲んだ、酔ふた酔ふた、みんなが去つてゆくのが癪に障るほど酔ふた(私は時々、親しい人々に対しては駄々児気分を発散するらしい)。
今日の忘れられない事は、米を頂戴した事、無花果を食べた事、酒のよかつた事(昨日から今日へかけてよく飲んでよく食べたものだ、酒五升、鶏肉五百目、その他沢山である)。
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・つく/\ぼうしつく/\ぼうしと鳴いて去る
・咲いてこぼれて萩である
・秋ふかう水音がきこえてくる
農学校即事
鵞鳥よ首のべて何を考へてる
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九月廿四日
晴れて独りだ。
咳で苦しむ、時々苦しむのが本当だ。
昨日のかしわの骨でスープを
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