下げ終わり]

 十月十日

今朝も朝寝だつた、といつても五時過ぎだつたが。
咳嗽には閉口する、閉口しながら、酒は飲むし、辛いものは食べるし、そして薬は飲まないのだから、それが当然だらう。
暁の百舌鳥の声は鋭い。
俊和尚からのハガキ一枚、それがどんなに私を力づけたか(昨日、預けてあつた冬物を、寒いので急に思ひだしたといつて送つてくれたのである)。
ほんとうによいお天気だ、洗濯をする(三枚しかない)、雑巾がけをする、気持がシヤンとした。
さてもうらゝかな景色ぢやなあ、ほがらかなことでござる。
大根を間引く、間引いたのはそのまゝお汁の実。
人間は――少くとも私は――同じ過失、同じ後悔を繰り返し、繰り返して墓へ急いでゐるのだ、いつぞや、口の悪い親友が、私のぐうたらを観て、よく倦け[#「け」に「マヽ」の注記]ませんね、おなじ事ばかりやつてゐて、――といつたが、それほど皮肉を感じたことはなかつた、現に、小郡に来てからでも、私は相も変らず酒の悪癖から脱しえないではないか。……
午後入浴、自分で剃髪する、皮膚がピリ/\するので利久[#「久」に「マヽ」の注記]帽をかぶつたまゝで起居する、いやどうも自分ながら古くさくなつたぞ、破被布を羽織つて、茶人帽をいたゞいて火鉢の縁を撫でゝゐては、あまりに宗匠らしい、咄。
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 二葉となりお汁の実となり(大根の芽生に)
 日本晴れの洗濯ですぐ乾く
・萩もをはりの、藤の実は垂れ
・くみあげる水がふかい秋となつてきた
 ふるさとのそばのあしいよ/\あかし
 さみしさがけふも墓場をあるかせる
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さみしいから(或る日はアルコールでまぎらすけれど)あてもなくあちこちあるきまはる、藁麦畑、藷畑、墓場、大根畑、家、人。
このあたりは柿も多いが椿も多い、前のF家の生垣は椿である、ところ/″\に大椿がある、実がなつてゐる、家に乾してもあるだらう。
井戸の水が毎朝めつきり減つてゆく、釣瓶の綱をつないでもまたつないでも短かくなる、こゝにも深みゆく秋の表現がある。
だん/\食べるものがなくなつてゆく、――もう醤油も味噌も酢もなくなつたが、――まだ塩がある(米だけは、ありがたいことは大丈夫だ、樹明菩薩が控へておいでだから!)。
掃くよりも落ちるが早い柿の葉だ、掃いたところへ散つた葉はわるくない(私もだいぶ神経質でなくなつたやうだ
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