笠へぽつとり椿だつた

しづかな道となりどくだみの芽

蕨がもう売られてゐる

朝からの騒音へ長い橋かかる

ここにおちつき草萌ゆる

いただいて足りて一人の箸をおく

しぐるる土をふみしめてゆく

秋風の石を拾ふ

今日の道のたんぽぽ咲いた


   其中一人


雨ふるふるさとははだしであるく

くりやまで月かげの一人で

かるかやへかるかやのゆれてゐる

うつりきてお彼岸花の花ざかり

朝焼雨ふる大根まかう

草の実の露の、おちつかうとする

ゆふ空から柚子の一つをもらふ

茶の花のちるばかりちらしておく

いつしか明けてゐる茶の花

冬が来てゐる木ぎれ竹ぎれ

月が昇つて何を待つでもなく

ひとりの火の燃えさかりゆくを

お正月の鴉かあかあ

落葉の、水仙の芽かよ

あれこれ食べるものはあつて風の一日

水音しんじつおちつきました

茶の木も庵らしくひらいてはちり

誰か来さうな空が曇つてゐる枇杷の花

落葉ふる奥ふかく御仏を観る

雪空の最後の一つをもぐ

其中雪ふる一人として火を焚く

ぬくい日の、まだ食べるものはある

月かげのまんなかをもどる

雪へ雪ふるしづけさにをる

雪ふる一人一人ゆく

落葉あたたかうして藪柑子

茶の木にかこまれそこはかとないくらし

     或る友に

月夜、手土産は米だつたか

あるけば蕗のとう

椿ひらいて墓がある

ひつそりかんとしてぺんぺん草の花ざかり

いちりん※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]の椿いちりん

音は朝から木の実をたべに来た鳥か

ぬいてもぬいても草の執着をぬく

もう暮れる火の燃え立つなり

人が来たよな枇杷の葉のおちるだけ

けふは蕗をつみ蕗をたべ

何とかしたい草の葉のそよげども

すずめをどるやたんぽぽちるや

もう明けさうな窓あけて青葉

ながい毛がしらが

こころすなほに御飯がふいた

てふてふうらからおもてへひらひら

やつぱり一人がよろしい雑草

けふもいちにち誰も来なかつたほうたる

すツぱだかへとんぼとまらうとするか

かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た


   行乞途上


松風すずしく人も食べ馬も食べ

けふもいちにち風をあるいてきた

何が何やらみんな咲いてゐる

あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ

あざみあざやかなあさのあめあがり

うつむいて石ころばかり

若葉のしづくで笠のしづくで

ほうたるこいこいふるさとにきた

お寺の竹の子竹になつた

松かぜ松かげ寝ころんで

明けてくる鎌をとぐ

ひとりきいてゐてきつつき

かたむいた月のふくろうとして

     川棚温泉

花いばら、ここの土とならうよ

待つてゐるさくらんぼ熟れてゐる

山ふところのはだかとなり

山路はや萩を咲かせてゐる

ここにふたたび花いばら散つてゐる

朝の土から拾ふ

石をまつり水のわくところ

いそいでもどるかなかなかなかな

山のいちにち蟻もあるいてゐる

雲がいそいでよい月にする

朝は涼しい茗荷の子

いつも一人で赤とんぼ

旅の法衣がかわくまで雑草の風

     川棚を去る

けふはおわかれの糸瓜がぶらり

ぬれるだけぬれてきたきんぽうげ

うごいてみのむしだつたよ

いちじくの葉かげあるおべんたうを持つてゐる

水をへだててをなごやの灯がまたたきだした

かすんでかさなつて山がふるさと

春風の鉢の子一つ

わがままきままな旅の雨にはぬれてゆく

     帰庵

ひさびさもどれば筍によきによき

びつしより濡れて代掻く馬は叱られてばかり

はれたりふつたり青田になつた

草しげるそこは死人を焼くところ

朝露しつとり行きたい方へ行く

ほととぎすあすはあの山こえて行かう

笠をぬぎしみじみとぬれ


  家を持たない秋がふかうなるばかり
 行乞流転のはかなさであり独善孤調のわびしさである。私はあてもなく果もなくさまよひあるいてゐたが、人つひに孤ならず、欲しがつてゐた寝床はめぐまれた。
 昭和七年九月二十日、私は故郷のほとりに私の其中庵[#「私の其中庵」に傍点]を見つけて、そこに移り住むことが出来たのである。
  曼珠沙華咲いてここがわたしの寝るところ

 私は酒が好きであり水もまた好きである。昨日までは酒が水よりも好きであつた。今日は酒が好きな程度に於て水も好きである。明日は水が酒よりも好きになるかも知れない。
「鉢の子」には酒のやうな句(その醇不醇は別として)が多かつた。「其中一人」と「行乞途上」には酒のやうな句、水のやうな句がチヤンポンになつてゐる。これからは水のやうな句が多いやうにと念じてゐる。淡如水――それが私の境涯でなければならないから。
[#地から1字上げ](昭和八年十月十五日、
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