平老に一句
[#ここで字下げ終わり]

なるほど信濃の月が出てゐる

     月蝕

旅の月夜のだんだん虧げゆくを

     伊那町にて

この水あの水の天龍となる水音

     権兵衛峠へ

ながれがここでおちあふ音の山ざくら

     鳥居峠

このみちいくねんの大栃芽吹く

     木曾の宿

おちつけないふとんおもたく寝る

     帰居

しみじみしづかな机の塵

朝の土をもくもくもたげてもぐらもち

     大旱

涸れて涸れきつて石ころごろごろ

     雨乞

燃ゆる火の、雨ふらしめと燃えさかる

どこにも水がない枯田汗してはたらく

まいにちはだかでてふちよやとんぼや

炎天のレールまつすぐ

もらうてもどる水がこぼれるすずしくも

鉦たたきよ鉦をたたいてどこにゐる

月のあかるさ旅のめをとのさざめごと

鳥とほくとほく雲に入るゆくへ見おくる

けふの暑さはたばこやにたばこがない

月は澄みわたり刑務所のまうへ

     九月、四国巡礼の旅へ

鴉とんでゆく水をわたらう


 三年ぶりに句稿(昭和十三年七月―十四年九月)を整理して七十二句ほど拾ひあげた。

 所詮は自分を知ることである。私は私の愚を守らう。
[#地から1字上げ](昭和十五年二月、御幸山麓一草庵にて 山頭火)
[#地から1字上げ](昭和十五年四月刊)



底本:「現代日本文學大系 95 現代句集」筑摩書房
   1973(昭和48)年9月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:浜野 智
1998年4月10日公開
2009年2月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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