なたと九州地方を流浪したことである。
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わかれきてつくつくぼうし

また見ることもない山が遠ざかる

こほろぎに鳴かれてばかり

れいろうとして水鳥はつるむ

百舌鳥啼いて身の捨てどころなし

どうしようもないわたしが歩いてゐる

涸れきつた川を渡る

ぶらさがつてゐる烏瓜は二つ

     大観峰

すすきのひかりさえぎるものなし

分け入れば水音

すべつてころんで山がひつそり

     昧々居

雨の山茶花の散るでもなく

しきりに落ちる大きい葉かな

けさもよい日の星一つ

すつかり枯れて豆となつてゐる

つかれた脚へとんぼとまつた

枯山飲むほどの水はありて

捨てきれない荷物のおもさまへうしろ

法衣こんなにやぶれて草の実

旅のかきおき書きかへておく

岩かげまさしく水が湧いてゐる

あの雲がおとした雨にぬれてゐる

ここに白髪を剃り落して去る

秋となつた雑草にすわる

こんなにうまい水があふれてゐる

年とれば故郷こひしいつくつくぼうし

岩が岩に薊咲かせてゐる

それでよろしい落葉を掃く

水音といつしよに里へ下りて来た

しみじみ食べる飯ばかりの飯である

まつたく雲がない笠をぬぎ

墓がならんでそこまで波がおしよせて

酔うてこほろぎと寝てゐたよ

     昧々居

また逢へた山茶花も咲いてゐる

雨だれの音も年とつた

見すぼらしい影とおもふに木の葉ふる

     緑平居 二句

逢ひたい、捨炭《ボタ》山が見えだした

枝をさしのべてゐる冬木

物乞ふ家もなくなり山には雲

あるひは乞ふことをやめ山を観てゐる

     述懐

笠も漏りだしたか

霜夜の寝床がどこかにあらう

     熊本にて

安か安か寒か寒か雪雪

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昭和六年、熊本に落ちつくべく努めたけれど、どうしても落ちつけなかつた。またもや旅から旅へ旅しつづけるばかりである。
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     自嘲

うしろすがたのしぐれてゆくか

鉄鉢の中へも霰

いつまで旅することの爪をきる

     呼子港

朝凪の島を二つおく

     大浦天主堂

冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ

ほろりとぬけた歯ではある

寒い雲がいそぐ

ふるさとは遠くして木の芽

よい湯からよい月へ出た

はや芽吹く樹で啼いてゐる

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