いなかつたこともあつたやうに)。そして老来ますます惑ひの多いことを感じないではゐられない。かへりみて心の脆弱、句の貧困を恥ぢ入るばかりである。
[#地から1字上げ](昭和十年十二月二十日、遠い旅路をたどりつつ 山頭火)
柿の葉
[#ここから5字下げ]
昭和十年十二月六日、庵中独坐に堪へかねて旅立つ
[#ここで字下げ終わり]
水に雲かげもおちつかせないものがある
生野島無坪居
あたたかく草の枯れてゐるなり
旅は笹山の笹のそよぐのも
門司埠頭
春潮のテープちぎれてなほも手をふり
ばいかる丸にて
ふるさとはあの山なみの雪のかがやく
宝塚へ
春の雪ふる女はまことうつくしい
あてもない旅の袂草こんなにたまり
たたずめば風わたる空のとほくとほく
宇治平等院 三句
雲のゆききも栄華のあとの水ひかる
春風の扉ひらけば南無阿弥陀仏
うららかな鐘を撞かうよ
伊勢神宮
たふとさはましろなる鶏
魚眠洞君と共に
けふはここに来て枯葦いちめん
麦の穂のおもひでがないでもない
浜名湖
春の海のどこからともなく漕いでくる
鎌倉はよい松の木の月が出た
伊豆はあたたかく野宿によろしい波音も
また一枚ぬぎすてる旅から旅
ほつと月がある東京に来てゐる
花が葉になる東京よさようなら
甲信国境
行き暮れてなんとここらの水のうまさは
のんびり尿する草の芽だらけ
信濃路
あるけばかつこういそげばかつこう
からまつ落葉まどろめばふるさとの夢
江畔老に
浅間をまともにおべんたうは草の上にて
碓氷山中にて路を失ふ
山のふかさはみな芽吹く
国上山
青葉わけゆく良寛さまも行かしたろ
日本海岸
こころむなしくあらなみのよせてはかへし
砂丘にうづくまりけふも佐渡は見えない
荒海へ脚投げだして旅のあとさき
水底の雲もみちのくの空のさみだれ
あうたりわかれたりさみだるる
水音とほくちかくおのれをあゆます
毛越寺
草のしげるや礎石ところどころのたまり水
平泉
ここまでを来し水飲んで去る
永平寺 三句
水音のたえずして御仏とあり
てふてふひらひらい
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