]
今日の所得 (銭四十銭、米二升四合)
御馳走 (小海老のいりつけ、にんじんのおしたし、豆腐汁)
[#ここで字下げ終わり]
もう栗が店に出てゐる、栗そのものは食べたいとも思はないが、栗の感じはよろしい、柿――きねり柿――をおせつたいとして頂戴した、歯がわるいから小供にくれてやつたが。
[#ここから2字下げ]
・百舌鳥がするどくふりさうでふらない空
・馬も肥えたと朝飯いそがしく出てゆく
・秋のひかりや蠅がつるんだりして
・鮮人長屋も秋暑い子供がおほぜい
乞ひあるく旅のいやになつたバスのほこり
・売られて鳴いて牛はのそ/\あるく
牛を見送ると水涸れた橋まで
・夕立すずしくこちらで鳴けばあちらで鳴くも牛
・ほんによかつた夕立の水音がこゝそこ
・すゞしくぬれて街から街へ山の夕立
・いたゞきは夕立晴れの草にすわる
・長い峠の、萩がちつたり虫がないたり
峠くだればゆふべの牛が鳴いてゐる
・夕立晴れるより山蟹のきてあそぶかな
長屋あかるく灯して疳高いレコードの唄
アンテナがあつて糸瓜がぶらさがつて鉄道工事長屋で
[#ここで字下げ終わり]
九月十五日[#「九月十五日」に二重傍線]
降りさうなが、降ればよいのだが、歩いてゐるうちに晴れてきた。
今日は歩けるだけ歩いて、そして汽車に乗つても、広島入の日である、よろこばしい日である。
朝酒一杯、その元気で八時半から十時半まで岩国町行乞、十一時から十二時まで麻里布町行乞、近来にないはじかれ方[#「はじかれ方」に傍点]だつた。
愛宕山林をながめて亡弟追憶の涙をしぼつた。――
[#ここから2字下げ]
今は死ぬるばかりと掌《テ》を合せ
山のみどりに見入りたりけむ
[#ここで字下げ終わり]
旧作は新作だ! あゝ。
二時半から三時半まで、さらに大竹町行乞。
四時近い汽車に乗る、若夫婦のクツシヨンに割り込ませて貰つたが、お気の毒でした。
五時広島駅着、地下道をのぼつて出札口に近づくと、大山さんのニコ/\顔が待つてゐた、うれしかつた、連れて澄太居へ。――
澄太居は予想通りで、市にあつて市を離れたところに澄太らしいところがある、葉鶏頭がたくさんあつて、とてもうつくしい。
明るい家、明るい気分。
酒は加茂鶴、下物は焼鮎、……身にあまる優遇で野衲いさゝか恐縮の体《テイ》。
よく飲んでよく話してよく寝た。……
[#ここから1字下げ]
今日の所得は、銭七十四銭と米六合(?)
今日の行程は徒歩で三里、汽車で九里。
[#ここから2字下げ]
・暮れても宿が見つからないこうろぎで
・水は涸れきつて松虫や鈴虫や旅人
のぼりつめればトンネルとなりこだまする
誰も寝しづまり鈴虫のよい声ひとつ
秋の波がうちよせる生徒がむらがる
・赤子つぶらな眼を見張り澄んで青い空
・葉鶏頭に法衣の袖がふれるなど(澄太居)
窓へからまり朝顔の実となつてゐる
・塀にかぼちやをぶらさがらしてしづかなくらし
・葉が四五本穂をだして揺れるのも
・父がくれた柘榴はじめての実が揺れてゐる(澄太居)
野良猫も仔を持つて草の中に
・これが最後のかぼちやたゝいて御馳走にならう
[#ここで字下げ終わり]
九月十六日[#「九月十六日」に二重傍線]
秋空一碧、一片の雲もない明朗さである、午前中はそこらを散歩、そして句稿整理。
友の温情が、酒のうまさが全心全身にしみいる。
菓子のうまさ[#「菓子のうまさ」に傍点]まで味つた。
都会情調、人のゆききが自動車電車のひゞきが今の私にはうるさい。
蛙の声があかるい室でしづかに自然人生をおもふ。
奥さんが昼食にも一本つけて下さる、主人が昨日二階にあがるより一杯持つてきて下さつた時のやうに、うまい/\ありがたい/\。
一浴して一杯やる気持は何ともいへませんね。
牛田風景は三方が山、南が河の、雑音のない閑静である。
湯上り浴衣にヘルメツト帽。
夜は独壺君来訪、三人で飲みながら話した、とても愉快な一夜だつた。
悪夢に襲はれて寝言をいひつゞけたことが私自身によく解つてゐる、これはとても不愉快だつた。
[#ここから2字下げ]
・兵営の柳散らうとする騷音
秋の野へうごくのはタンク
・旅も蓮の葉の枯れはじめた
蓮の葉のやぶれてゐる旅の法衣も
・秋風の驢馬にまたがつて
・朝はすこし萩のこぼれてゐる
・空瓶屋空瓶だらけへ秋日がまとも
・雑魚の列も水底の秋
・朝がながれるまゝに流れてくる舟で
・秋風の家をそのまゝうごかしつゝ
・かぼちやとあさがほとこんがらかつて屋根のうへ
・秋空に雲はない榾を割つてゐる
・卵を産んだと鳴く鶏の声が秋空
・たゝみにかげはひとりで生えた葉鶏頭
・へたなピアノも秋となつた雲の色で
追加
・有明月夜の葦の穂の四五本はある
再録
・鍬をかついで、これから世の中へたくましい腕
[#ここで字
前へ
次へ
全7ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング