だけあたらしい
・秋の日ざしか、旅の法衣をつくらふことも
・すわれば風がある秋の雑草
・寝ころべば青い空で青い山で
・何もかも捨てゝしまはう酒杯の酒がこぼれる
 うらに木が四五本あればつく/\ぼうし(白船居)
   追加
・海をまへに果てもない旅のほこりを払ふ
・ふるさとの山にしてこぼるゝは萩
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 九月十三日[#「九月十三日」に二重傍線]

曇、八時出立、尻からげ一杯ありがたく頂戴。
遠石八幡宮参拝、奥床しく尊い。
昨夜飲みすごしたおかげで、今日はだるくてねむくて閉口した、そのためでもあるまいけれど、犬に咬みつかれた、シヤレた奴で傷づかない程度で咬みついたのである、一つ懲らしめのために殴つてやらうと思つて※[#「てへん+(麈−鹿)」、第3水準1−84−73]杖をふりあげたがやりそこなつた(飼主の床屋さんは責任廻避のために飼主ではないと解りすぎる嘘をいつてゐる、犬よりも犬の主人の方が下等だ!)。
十時から十一時まで花岡行乞。
花岡八幡宮はよいお宮だつた、多宝塔は特別保護建造物になつてゐる、古色蒼然として無量の含蓄がある、心しづかに味ふべし。
社務所の白萩はうつくしくてふさはしい。
老ルンペンといつしよにお寺の縁で休む、昼食は戴いた菓子四五片。
途中、都合よければ泊めて貰ふつもりでI君を訪ねる、折あしく大掃除で、手伝人も多勢で、腰をかける場所もない、挨拶もそこ/\にして飛びだした。
I君は相かはらずプチブルボツチヤンだつた。
呼坂行乞、そして今市に近いところで泊つた、この宿はほんたうにきたなくてうるさくて、同時にしんせつできやすかつた。
子供がゐる、猫がゐる、鶏がゐる、馬がゐる、蠅、蚊、等々等、いやはや賑やかなことだつた。
木賃は三十銭、賄はまず普通、三田尻のそれを上の中とすれば、これは中の中といふところ。
同宿は少々気のふれた乞食老人、下らなく話しかけてうるさいから、すまないけれど黙殺してやつた。
こんな宿にも盆栽の数鉢はある、鳳仙花、唐辛、蘭、万年草[#「草」に「マヽ」の注記]など、おしやべりの、きかぬ気の小娘の丹青[#「青」に「マヽ」の注記]だ、日本人はうれしいなと思ふ。
今夜は特に奮発して晩酌三合(いつもは二合)、いゝ気持で寝てゐるところを揺り起された、臨検だといふ、お役目御苦労、問はれるまゝに日本禅宗史を一席辯じて、おまはりさんと宿の人々を感心させた(と自惚れる)。
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今日の所得(銭弐十弐銭、米二升一合)
            米はどこでも二十銭替
今晩の御馳走(焼魚、茄子の煮たの)
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・かあかあと鳴いたゞけで山の鴉は
 あえぎのぼる並木にはひでりのほこり
・こんなに子供があつてはだかではいまはる
・笠へ落葉の秋が来た
・なんでもない道がつゞいて曼珠沙華
・うらは蓮田できたなくてきやすい宿
・旅の夜空がはつきりといなびかりする
・ほんとうによい雨が裏藪の明ける音
・今日の陽もかたむいたひよろ/\松の木
   追加
・まんぢゆさけさきわたしの寝床はある(帰庵)
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 九月十四日[#「九月十四日」に二重傍線]

夜中に雨の音をきいた、朝空は曇つてゐるがなか/\降らない、宿の支度がおそくて出立もおくれた。
十時から一時まで高森町行乞、夕立がやつてきた。
二時から四時まで玖珂行乞、こゝでも夕立、よい夕立だつた。
心たいらか、行乞相も行乞所得も上上[#「上」に「マヽ」の注記]来、善哉、々々。
与へる人のいろ/\さま/″\が考へられる、三輪空寂は理想だ、せめて二輪空寂になりたい。
昼飯代りに柏餅五つ、五銭は安かつた、いはんや、新聞を読まして貰ひ、マツチを貰つたに於ておやである。
ありがたい雨だつた、草も木も人もよみがへつた、畑仕事をする人々が至るところに見られた。
欽明寺峠は峠としては何でもないが何しろ長い、秋草、虫声がよかつた、萩の老木は口惜しいほど欲しかつた。
師木野《シギノ》といふところ、鉄道工事風景が興味ふかゝつた。
夕雀、赤子の泣声、犬の吠えるのも旅のあはれだ。
しんせつなおばあさん、ふしんせつなおぢいさん。
路傍の荷馬車小屋で野宿の支度をしつゝあつたお遍路さんがていねいに挨拶した、私もねんごろに会釈した、彼の境遇を羨ましく感じるほどそれほど私はまだ私の生活に徹してゐない、恥づべきかな。
暮れて急いで道を間違へて、岩国の馴染の宿(昭和二年にも四年にも世話になつた)へ着いたのは八時頃だつたらう、地下足袋をぬぎ法衣をぬいで、やれ/\、「周東美人」を二、三杯ひつかける、どうも酒はうますぎますね。
木賃三十銭、中の上、または上の下とでもすべきか。
宿の主人夫妻がめつきり年をとつてゐる、娘がもう年頃になつてゐる。……
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