下げ終わり]

 九月十七日[#「九月十七日」に二重傍線]

電車で五日市へ行き、終日舟遊、私の一生にはめつたにない安楽な一日だつた。
釣つた魚を下物にして、水上饗宴である、澄太さんは少しく、独壺(黙壺氏の誤記)さんも少しく、私は大に飲んだ。
釣つた魚は何々ぞ――キス、ハゼ、コチ、小鯛、そして鮹(いたづらに種類多くして小さかつたことは内密々々)。
さらにまた蜊貝、蟹。……
水、酒、友、秋、物みなよろし。
夜は若い巨村君来訪、奥さんも仲間入、朝からのほろ酔機で[#「機で」に「マヽ」の注記]、夜の更けるのも忘れて行乞漫談[#「行乞漫談」に傍点]。
[#ここから2字下げ]
・朝風がながれいる朝酒がある
・朝からしやべる雲のない空
・丸髷の大きいのが陽を浴びて
 秋晴の日曜の、ル[#「ル」に「マヽ」の注記]ユツクサツクがかるい朝風
・向日葵日にむいてゐるまへをまがる
・空ふかうちぎれては秋の雲
 水底からおもく釣りあげたか鮹で
・いながはねるよろこびの波を漕ぐ
 葱も褌も波で洗ふ
・足は波に、舟べりに枕して秋空
・雲のちぎれてわかれゆくさまを水の上
 ぽつかりとそこに雲ある空を仰ぐ
・仰いで雲がない空のわたくし
・波の音ばかり波の上に寝ころんで
・陽のある方へ漕いでゆく
[#ここで字下げ終わり]

 九月十八日[#「九月十八日」に二重傍線]

曇、后晴、日支事変二週[#「週」に「マヽ」の注記]年記念日、小学校中学校は休。
広島風景――軍国風景。
東練兵場へ出かけて模擬戦を観る、鉄条網、毒瓦斯、煙幕、タンク、機関銃、……労[#「労」に「マヽ」の注記]れて、少し憂欝になつて戻る。
午後は句稿整理。
夕飯を食べながら、澄太さんから清水さん[#「清水さん」に傍点]の話を聞く、聞けば聞くほど頭がさがる、そして自分の不甲斐なさを恥ぢる、是非一度は同朋園[#「同朋園」に傍点]を訪ねたいと思ふ。
多賀さん来訪、生れて初めて蓴菜[#「蓴菜」に傍点]をよばれる、横旗さん来訪、葡萄をよばれる、波田さんら二人来訪。
話、話、話。……
朝、眼がさめると枕頭の大徳利から二三杯、夜は澄太さんと寝酒、とかく飲みすぎて困ります。
法衣の手入、奥さんが縫うてあげようとおつしやつたけれど、これは綻びを縫ふとか何とかいふ程度のものぢやない、裁縫を知らない人で初めて出来る仕事である!
流転しない世界はさびしい、流転
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