年あまり前に或人から貰つて、ずゐぶん酷使したのだから、もう暇をやつていゝほどの品であるが、それが私をして老を感ぜしめることは不思議な皮肉である。
忘却[#「忘却」に傍点]といふことはわるくない、老いては忘れることが何よりだ。
日和下駄からころと街へ出て来る、昨日樹明君が買うてくれたのです、かたじけない贈物です。
物事に無理をしない[#「物事に無理をしない」に傍点]、といふことが私の生活のモツトーです。
昨夜、湯田へ行くとき、バスの中で樹明君が知合の妙な男と話してゐた、その男はふたなり[#「ふたなり」に傍点]だつた、そのいやらしさがいまだに眼前をちらつく、嫌ですね。
百舌鳥[#「百舌鳥」に傍点]が啼いた、これから空が深うなるほどその声も鋭くなる、そして私に秋を痛感せしめる、……そして。
独り者の昼寝、今日はそのよさとわるさとを味解した。
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・最後の飯の一粒まで今日が終つた
・朝寒の針が折れた
入庵一週[#「週」に「マヽ」の注記]年ちかし
・蓼の花もう一年たつたぞな
追加備忘
・道がなくなり落葉しようとしてゐる
・水に水草がびつしりと旅
・たゞあるく落葉ちりしいてゐるみち
[#ここで字下げ終わり]
九月十一日―十月一日[#「九月十一日―十月一日」に二重傍線] 『行乞記』
底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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