へ二里、十時頃に着いた、さつそく行乞をはじめる、今日はどういふものか気分がすぐれない、手当り次第に何でもぶちこわしたいほどいら/\してゐる、かういふ場合の行乞はとても苦しい、自他共に傷づく行為である、しかし私は無理にも行乞しなければならないのだ、私は銭が欲しいのだ、不義理な借金をいくらかづゝでも払はなければならないのだ。――
仙崎まで三里の間、行乞しつゞけた、中途で橋の下の草の上で昼寝などして。
投げてくれた一銭銅貨は投げかへしてやつた。
田舎饅頭、五銭で六つはうまかつた。
若い飴売鮮人と話し合うた。
こぢれた気分がすこしづゝほぐれた、こだはるな/\、水のながれるやうであれ[#「水のながれるやうであれ」に傍点]。
仙崎の宿はよかつた、設備(部屋も夜具も便所も湯殿も井戸も)待遇(その大半はおかみさんのサービス如何にある)共によかつた、木賃料は一昨夜の宿とおなじく三十銭だが、その倍の値打はある、相客三人、屋号は寺田屋。
[#ここから1字下げ]
今日の所得(銭六十四銭、米二升二合)
晩のおかず(さしみ、茄子、焼海老)
[#ここで字下げ終わり]
夜は近所のお寺の夜店を見物した、観音祭らしい。
桟橋の涼風が身心をさはやかにしてくれた。
昨日は山の青さ、今日は海の青さ、明日はまた山の青さを鑑賞することができる。
[#ここから2字下げ]
 朝月残る木槿が咲いてゐるながれ
 島へ渡しの、氷や菜葉や郵便や
・氷屋ができて夾竹桃の赤や白や
・落ちてきて米つく音の水がながれる
・近道のいちはやく山萩の花
・水は岩からお盆のそうめん冷やしてある
  行乞雑感(一)
[#ここで字下げ終わり]

 八月十一日[#「八月十一日」に二重傍線]

晴、暑かつたが気持は軽かつた、仙崎町行乞、そして滞在、新相客は伊佐で同宿の老遍路。
[#ここから4字下げ]
行乞雑感(二)
[#ここで字下げ終わり]

 八月十二日[#「八月十二日」に二重傍線]

明けてゆく海の色はうつくしかつた。
六時出発、深川町を行乞しはじめたら大夕立がきた、そして地雨らしく降りつゞける、馴染の川本屋へとびこむ、こゝの主人公――押入聟さん――は私の放浪時代に度々同宿して打解けた飲友達だ、久振に一杯やらうといふので一升買つた、酔うて唄うて踊つて――誰も彼もいつしよになつて――近来の大散財なり。
前後不覚になつて、どうして寝床にはいつたやら、いつ寝たやら、一切合切不明なり、しかも些の不都合なし、善哉々々。
[#ここから1字下げ]
今日の所得(銭七十九銭、米二升一合)
今日の買物 一、五銭 キセル
      一、三銭 シヤモジ
      一、四銭 ハシ
      一、弐十四銭 サケ
[#ここで字下げ終わり]

 八月十三日[#「八月十三日」に二重傍線]

からりと晴れてゐる、身心もさつぱりしてゐる、今日は昨日の分まで行乞しなければならない。
午前中深川町行乞、巡査がきていろんな事をたづねる、要領よく応対。
湯本へ出て、安宿で昼寝、それから湯町を行乞してゐるとまた巡査がやつてきた、何のかのとうるさい、近く澄宮殿下が萩市に行啓なさるので、彼等は神経過敏になつてゐるらしい、あんまりうるさいから峠を越えて於福まで歩き、朝日屋といふのへ泊つた、母子二人のしめやかさ、なか/\よい宿だつた、木賃二十五銭は安すぎる、気の毒な事には娘さんが病んでゐる、肺結核らしい、とても助かるまい。
[#ここから1字下げ]
今日の行程は四里。
所得は銭八十一銭、米一升七合。
[#ここで字下げ終わり]

 八月十四日[#「八月十四日」に二重傍線]

山村の朝は何ともいへないすが/\しさだ。
今日は樹明居徃訪を約してゐる、樹明君も待つてくれてゐるだらうか、同行の敬治君も待ちあぐんでゐるだらう。
急テンポで於福行乞、途中また堅田行乞、急いで帰庵したが、五時を過ぎてゐた、置手紙二つ、一つは樹明君が待つてゐるといふ、他は敬治君が待ちあぐねたといふ。
おそかつた、すまなかつた、くたびれた、がつかりした。……
昼食として桃を食べた、おいしかつた、気附薬として焼酎半杯、これはむろんうまい。
         ×    ×    ×
行乞七日間、懸命に稼いで(私のやうな行乞はまつたく筋肉労働である)残つたものは、銭が壱円四十銭あまり、米が三升ばかりだつた。
[#ここから1字下げ]
今日の所得(銭四十七銭、米一升六合)
行程八里。
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]

 八月十四日[#「八月十四日」に二重傍線]

於福から八里歩いて戻つて、戻るなり樹明居へ押しかけて、お盆のお経をあげてお盆の御馳走になつた、たいへん酔うた、道がわからなくて樹明君に途中まで送つて貰つた。……
樹明君ありがたう、敬治君すみませんでした、二時間も待たせて、そしてとう
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング