に二重傍線]
朝曇、涼しかつた、七時出立。
山の奥へ奥へと分け入つてゆく、霧がたちこめてゐる、時鳥がなく、途上ところ/″\行乞。
売られてゆく豚のうめき、水蜜桃の供養、笑顔うつくしい石仏。
どこでも土用干の着物が色とり/″\、私は何を干さうか、支那の何とかいふ奇人のまねではないが、破れ法衣に老いぼれ身心でも干さうよ、いや現に干しつゝあるではないか。
彼のよしあし、それはやがて私のよしあしだつた、行乞の意義はこゝにもある。
嘉万の街を行乞してゐるところへ伊東さんが自転車でやつてきた、今夜は八代でゆつくりとよい酒を飲む約束で、此地方へ出かけてきたのだが、万事都合好く運びつゝある(君は醤油味噌醸造の講師として出張したのである)、山のまろさ酒のうまさ人のよさ!
負子[#「負子」に傍点](朝鮮ではチゲ)は印象ふかく眺められる。
八代の共同作業所へ着いたのは五時過ぎだつた、そして意外にも樹明君が後を追うて来た、小郡から自転車で二時間半で飛んだのである。
生一本、此地方でいはゆる引抜はよかつた、N家の酒はよい酒である、そのよい酒の最もよい酒だ、酔うて蚊帳もつらずに寝たのはあたりまへだらう。
私の好きな山がかさなつてゐる、私の好きな友だちといつしよである、酒はひきぬき、風はすゞしい、あゝ極楽、極楽。……
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今日の行程八里。
今日の所得銭五十七銭、米三升六合。
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・近道の近道があるをみなへし
・こゝから下りとなる石仏
・山の朝風の木が折れてゐる
・ほんにうまい水がある注連張つてある
・どうやら道をまちがへたらしい牛の糞
・住めば住まれる筧の水はあふれる
近道近かつた石地蔵尊
うらは蓮田で若いめをとで
・はだかではだかの子にたたかれてゐる
・波音のガソリンタンクの夕日
・一切れ一銭といふ水瓜したたる
[#ここで字下げ終わり]
八月十日[#「八月十日」に二重傍線]
朝の山を眺めながら朝酒を味はつた、樹明君は夜明けに起きるなり自転車を飛ばせていつた。
七時すぎてから地下足袋を穿く、ほろ酔のうれしさである。
峠は近道(いひかへれば旧道)を歩いた、道連れとして面白い人物が待つてゐた、彼は酒好きの左官、女房に死なれて焼糞になつてゐるが、近く後妻を貰ふつもり、どうでせうかと訊く、是非お貰ひなさい、それが最も賢明な策ですと勧説して別れた。
三隅
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