田岳のよさを見直した、河原には朝顔、撫子、月草、そして苅萱も。
今日はプチブル婆、プチブル爺に対して腹が立つた、そして乞食の負惜[#「乞食の負惜」に傍点]を体験した。
田舎の子沢山を見て憤慨する、何故彼等は birth−control しないのか!
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  行乞が私に与へた恩恵
一、何でもおいしく食べられる
一、ほとんど腹が立たないやうになつた
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飯のうまさ、水のうまさ(モチ酒のうまさも)、食べるもの飲むもののうまさは行乞してからほんとうに解つた。
徒歩禅[#「徒歩禅」に傍点]は断じて徒労禅[#「徒労禅」に傍点]ではなかつた。
歩々清風[#「歩々清風」に傍点]である。
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今日の所得は銭十八銭、米四升一合。
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 七月三十一日[#「七月三十一日」に二重傍線]

さすがに汽車は早い、有難い、五時にはもう其中庵主として夕食の仕度にいそがしかつた、胡瓜、茗荷、トマト、そしてイリコ、それで一杯ひつかけて寝た、手足をぞんぶんに伸ばして。
トマトはほんとうにうまい。
戻つて来て、何の変化[#「変化」に傍点]もない、蜘蛛が網を張り、油虫が這ふだけ!
梭二さん贈るところの松笠風鈴[#「松笠風鈴」に傍点]はうれしかつた。
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・山頭火には其中庵がよい雑草の花
・糸瓜伸びたいだけのぼつたりさがつたりして花つけた
・風はうらから風鈴の音もつゝましく
・仏前しづかに蝶々きてとまる
・もどつてきたぞ赤蛙
・ひえ/″\として夜明ける風鈴のなる
・なにかつかみたい糸瓜の蔓で朝の風ふく
・草のすゞしさは雀もきてあそぶ
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 八月一日[#「八月一日」に二重傍線]

ねた、ねた、ねた、ほんとうによくねた、牛のやうにねた。
くもり、あるけばあついが、ぢつとしてをればすゞしい。
なんと松笠風鈴の音のよろしさ、其中庵はあたらしく一つの声を与へられて、ひとしほ閑寂のおもむきを増した。
新秋清涼の気がどことなくたゞようてゐる。
買物いろ/\、――酢、醤油、石油、煙草、端書――行乞四日間の所得はすつかり無くなつてしまつた。
樹明君徃訪(学校に)、大村君来訪(午後半日)。
近代野蛮人[#「近代野蛮人」に傍点]といふ語の意義ふかきをおもふ。
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