見まはせば山苺の三つ四つはあり
・鉄鉢の暑さをいたゞく
・蜩よ、私は私の寝床を持つてゐる
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 七月十五日[#「七月十五日」に二重傍線]

曇、降りさうで降らない、すこし憂欝。
八時から十一時まで大田町行乞。
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所得――銭四十四銭に米一升三合
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午後は東御嶽観音様へ詣でる、青葉、水音、蝉がなき鶯がなく、とてもしづかな山村だつた、そこから赤郷へ河鹿聴きに出かけたが、暑くはあるし、興味もうすらいだので途中から引き返す、徃復三里の散歩だ。
山の茶屋には筧の水があふれて、ところてん[#「ところてん」に傍点]が澄んでゐた。
敬治居はなか/\にぎやかである、坊ちやんが時々あばれる、繋がれた仔犬もあばれる、小さいお嬢さんがなかなか茶目公だ。
敬坊は綾木へ出張、私は一人でちび/\やつた。
水のうまさ、豆腐のうまさ、これは自慢するだけの値打がある。
暮れきつてから、敬坊がMといふ友人といつしよに、だいぶ酔うて戻つてきた、三人でまた飲んだ。
ほどよく酔うて、ぐつすり眠つた。
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 朝ぐもりもう石屋の鑿が鳴りだした
 朝風につるまうとする犬はくゝられてゐる
・草も蛙も青々としてひつそり
・山は青葉の、青葉の奥の鐘が鳴る
・蝉しぐれこゝもかしこも水が米つく
 ながれをさかのぼりきて南無観世音菩薩
・山からあふれる水の底にはところてん
 御馳走すつかりこしらへて待つ蜩
・寝ころぶや雑草は涼しい風
・道筋はおまつりの水うつてあるかなかな
 うらは蜩の、なんとよい風呂かげん
 おかへりがおそい油蝉なく
 かなかな、かなかな、おまつりの夜があける
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 七月十六日[#「七月十六日」に二重傍線]

かなかな、かなかな、みんみん、みんみん。
朝風はよかつた、朝飯はうまかつた。
河原朝顔の一輪が私をすつかり楽天的にした。
とめられたけれど七時出発、友情のありがたさ、人間性のよさをひし/\と感じながら。
今日の道はよい、といふよりも好きな道だつた、山村の景趣を満喫した、青葉もうつくしいし、水音はむろんよかつた、虫の声もうれしいし、時々啼いてくれるほとゝぎすはありがたかつた。
木部行乞、十一時から一時まで二時間。
歩くために歩く、歩いて歩くことそのことを楽しむ[#「歩くことそのことを楽しむ
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