[#「老心」に傍点]といふことについて考へる。
山のしづけさ、山のさびしさ。
蝉のうれしさ、蚋のにくさ、ことに血に飢えた藪蚊は。
よい事ばかりはない、よい事をよくない事がうらづける、それが浮世といふものだ。
昼蚊帳を吊つて休養した、あんまり年寄くさいけれど。
あたりまへの事[#「あたりまへの事」に傍点]が好きになつた、平凡のうちに見出される味が本当のものだと思ふ、昔は二二ヶ四でないことを祈つたが、今は二二ヶ四であることを願ふ。
[#ここから2字下げ]
・けふも暑からう蓮の花咲ききつた
・ここも空家で糸瓜の花か
・風が落ちて雨となつた茄子や胡瓜や
・夕立晴れた道はアスフアルトの澄んだ空
・大橋小橋も新らしい国道一直線
・やつぱりお留守でのうせんかづら
青柳おしわけいたゞくや一銭銅貨
・しんじつよい雨がふるいちじくの実も
・よい雨の、草や小供やみんな濡れ
・雑草のよろこびの雨にぬれてゆく
・死ねない杖の二本があちこち
・はたらいてきて水のむ
・蘇鉄の芽も昔ながらの家である
・自動車が通つてしまへば群とんぼ
・むしあつい雨だれの虫がはうてでる
・血がほとばしる、わたしのうつくしい血
・草から追はれて雨のてふてふどこへゆく
・雨が洗つていつたトマトちぎつては食べ
・いつも見て通る夾竹桃のなんぼでも咲いて
・せつせと田草とる大きな睾丸
・けふも夕立てる花のうたれざま
・ぬれてなく蝉よもう晴れる
・向日葵や日ざかりの機械休ませてある(追加)
[#ここで字下げ終わり]
七月廿六日[#「七月廿六日」に二重傍線]
昨夜はずゐぶん降つた、今日も時々降つた、これで水も十分だらう、草にも人にも喜色が見える。
天候も定らないし、法衣も乾かないので休養読書。
トマトを食べる、トマトのうまさがすこし解つたやうに思ふ。
何となく倦怠を覚える(そのくせ食慾はちつとも減じないどころか、ありすぎるほどある、五合の飯をペロリと平らげる)、入浴したら、だいぶ気持がすが/\しくなつた(湯銭が五厘不足とは笑はせる)。
向日葵が咲いてゐる、驕れる姿だ、どことなく成金臭があるけれど嫌いではない。
△酒と句[#「酒と句」に傍点]、この二つは私を今日まで生かしてくれたものである、若し酒がなかつたならば私はすでに自殺してしまつたであらう、そして若し句がなかつたならば、たとへ自殺しなかつても、私は痴呆となつてゐたで
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング