はじまる
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六月廿五日[#「六月廿五日」に二重傍線]
明けゆく空、朝風はよいかな。
郵便――うれしいたより、私は郵便によつて唯一の社会的交渉を保つてゐる。
蔬菜の手入れ、トマトと茄子とは上出来、胡瓜と大根とは不出来、しかし、楽在其中で、趣味第一、実用第二である。
△「嘘をいはない」ではまだ浅い、「嘘がいへない」まで深くならなければならない。
△梅干の味[#「梅干の味」に傍点]、それは飯の味、水の味につぐものだ、日本人としてそれが味へなければ、日本人の情緒は解らない。
△無一物底無尽蔵は観念[#「観念」に傍点]として解つてゐるだけだが、無一物中無関心[#「無一物中無関心」に傍点]は体験として解つてゐる。
△人情的なもの[#「人情的なもの」に傍点]を私からとりのぞかなければならない。
久しぶりに入浴、湯はよいかな。
此頃の私はおちついて[#「おちついて」に傍点]ゐるよりも、むしろしづんで[#「しづんで」に傍点]ゐるらしい。
飯のうまさ、眠りのよろしさ、――これだけでも私は幸福だ。
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・南天の花へは蜂がきてこぼす
・前田も植ゑて涼しい風
炎天の鶏を売りあるく
・田植べんとうはみんないつしよに草の上で
カフヱーもクローバーもさびれた蓄音器の唄
・雑草しづかにしててふてふくればそよぐ
・ちぎられてもやたらに伸びる草の穂となつた
改作附加
笠きて簑きてさびしや田植唄はなく
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六月廿六日[#「六月廿六日」に二重傍線]
いつからとなく、早く寝て早く起きるやうになつた、此頃は十時就寝、四時起床、昼寝一時間ばかり、そして純菜食[#「純菜食」に傍点](仕方なしでもあるが)、だから、身心ます/\壮健、ことに頭脳の清澄を覚える、こんな風ならば、いつまで生きるか解らない、長生すれば恥多しといふ、といつて自殺はしたくない、まあ、生きられるだけは生きよう、すべてが業だ、因果因縁だ、どうすることもできないし、どうなるものでもない、日々随波逐波、時々随縁赴感、それでよろしい、よろしい。
今朝は碧巌の雲門日々好日[#「雲門日々好日」に傍点]を味読した。
新聞屋さんが新聞を持つてきて、今月分だけは進呈しますといふ、タダより安いものはない、よからう。
掟三章[#「掟三章」に傍点](其中庵来訪者の)を書いて貼つて置いた
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