互に共通の弱点を持つてゐるのだから、その切なさはよく解る、よく解るだけそれだけ、私自身に鞭つ意味に於て、君に苦言を呈せざるを得ない(伊東君に対しても同様だ)。
石油がなくなつたから、そして買ふことが出来ないから、暮れると直ぐ寝た、寝た方がよい、読むよりも、考へるよりも。
こゝ二三日、どういふものか句が出来ない、それもよからう。
五月廿九日[#「五月廿九日」に二重傍線]
曇つてはゐるけれど、今日はどうしても行乞しなければならない、ずゐぶん早く起きたが、あれこれ手間取つて、出かけたのは六時すぎだつた、九時から二時まで山口市街行乞、それからまた歩いて帰庵、徃きの三里は何でもなかつたけれど、帰りの三里は少々こたえた、幸にして焼酎といふ元気回復薬を飲んだけれど。――
ほんとうに久しぶりに草鞋を穿いた、草鞋でアスフアルトの新国道を歩みしめてゆく心持はよかつた。
山口で、ゆくりなく、川棚温泉で昨夏相識の坊さんに邂逅した、彼は俗坊主だけれど、憎めない人間だ。
帰庵して、胡瓜苗を植ゑ、唐辛苗を植ゑ、種生薑を植ゑ、月見草を植ゑた、イヤハヤ忙しい事。
そしてまた、街へ出かけた、今夜なくてはならない物を買ふために。
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今日の行乞所得
銭 六十八銭
合計金九十弐銭
米 一升一合
今日の買物
種生薑 百匁七銭
一金十五銭
胡瓜苗六本五銭、唐辛苗七本三銭
一金十七銭 焼酎壱合五勺
一金八銭 石油二合
一金五銭 醤油一合
一金五銭 塩
一金四銭 なでしこ
一金九銭 ハガキ六枚
・月草を植ゑて一人
・鉢の子の米の白さよ
・注連を張られて巌も五月
・初夏や人は水飲み馬は草喰み
二句追加
・うごかない水へ咲けるは馬酔木の花で
・ゆく春の身のまはりいやな音ばかり
[#ここで字下げ終わり]
五月三十日[#「五月三十日」に二重傍線]
晴、けふも山口へ、十時前から二時過まで行乞、帰途、湯田温泉浴、蓮芋の苗を買うて戻る。
山口の山はさすがによろしい、ことに糸米あたりの山がよろしい、中学時代のおもひでがそこらに残つてゐた、後河原の葉桜もうれしかつた、よくそのあたりを歩いたものだ。
伊勢神楽がおどつてゐた、私と同様に時代錯誤的産物の一つだ、はかないをかしさ[#「はかないをかしさ」に傍点]を覚える。
たま/\鏡にうつつた顔
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