銅一つを持つて出かける、地下足袋を穿いて。
四日ぶりの外出、そして一浴一杯、いつでも湯はいゝな、酒はいゝな、だから、銭はほしいな!
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 朝が待ち遠い鳥の一声二声で
 夜明けの水くめばそこら花のにほひ
・くもりおもたく蛙のなく
 小鳥なくや、ひとりごといふ
 ひさ/″\もどればやたらに虫が(追加)
・伸びるがまゝの雑草の春暮れんとす
・ひつそり暮れるよ蛙が鳴くよ
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 五月廿五日[#「五月廿五日」に二重傍線]

雨、あがりさうであがらなかつた。
行乞には出かけられない、もう物資が乏しくなつたのに。
あざみをあやめに活けかへる、『見かけはつらき鬼薊、さわれば露の一しづく』か。
裏の雑草の中から、小さい筍が一本、によこりと伸び出てゐた、すまないとは思つたが、煮て食べた、うまくはなかつたが新鮮を味つた。
小鼠の悪戯には困る、一枚しか持たない蒲団の綿をかぢつたり、三八九をかぢつたりする。……
蚊帳の用意は出来てゐたが、今夜から吊りはじめた、昨日は百足が顔を這ふのに驚ろいて眼が覚めた、山家は虫の多いのに閉口する。
今日はいちにち無為無言[#「無為無言」に傍点]だつた。
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・あけたてもぎくしやくとふさいでゐる
・雀がころげる草から草へ
・によこりと筍こまかい雨ふる
・雨ふるあやめで手がとゞかない
・葉かげ黒い蝶
・ほきりとたんぽゝの折れてゐる花
・青葉の雨のしんかんと鐘鳴る
・壁に夜蜘蛛がぴつたりとうごかない
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△酒についての覚書の一つ、――
うまい酒、酔ふ酒であらねばならない、にがい酒、酔はない酒であつてはならない。

 五月廿六日[#「五月廿六日」に二重傍線]

曇、后晴れて風が出た、時々雨がふつた。
御飯を炊いてゐると、聞き覚える[#「る」に「マヽ」の注記]のある、そして誰とも思ひだせない声がする、出て見たら、意外にも義庵老師であつた、上京の帰途、立ち寄られたのである、いろ/\話してゐるうちに熊本がなつかしうなつた。
お茶もないし、何も差上げるものがないので、S店へ走つてビールと鑵詰と巻鮨とを借りて来て、朝御飯を食べて貰つた。
八時の汽車に間にあふやう、駅近くまで見送つていつた。
樹明君がやつてきて、冬村新婚宴はいよ/\今晩だといふ、うんと飲んで面白く騷がう。
もう米がなくなつたから
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