まで動く、炊事、掃除、読書、なか/\忙しい。
諸方の知友へ通知端書を出す、三十幾つかあつて、ずゐぶん草臥れた。
入浴のついでに、市場でシユンギクとホウレンサウとを二把買つてきて、さつそく汁の実おひたしにして食べた、やつぱり菜食がよいと思ふ。
人のまこと[#「人のまこと」に傍点]、友のなさけ[#「友のなさけ」に傍点]――それを存分に味はひ味つた。
新居第一日は徹夜して朝月のある風景ではじまつた。
あせらずにゆう/\と生きてゆくこと。
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・いちぢくの実ややつとおちついた(再録、改作すべし)
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夜おそく、樹明兄来訪、友達と二人で。
いろ/\の友からいろ/\の品を頂戴した、樹明兄からは、米、醤油、魚、そして酒!
友におくつたハガキの一つ。――
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何事も因縁時節と観ずる外ありませんよ、私は急に川棚を去つて当地へ来ました。
庵居するには川棚と限りませんからね。
こゝで水のよいところに、文字通りの草庵[#「文字通りの草庵」に傍点]を結びませう、さうでもするより外はないから。
山が青く風が涼しい、落ちつけ、落ちつけ、落ちつきませう。
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いつとなく、なぜとなく(むろん無意識的に)だん/\ふるさとへちかづいてくるのは、ほんとうにふしぎだ。
野を歩いて、苅萱を折つて戻つた、いゝなあ。
どこにもトマトがある、たれもそれをたべてゐる、トマトのひろまり方、たべられ方は焼芋のそれを凌ぐかも知れない、いや、すでにもう凌いでゐるかも知れない。
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・風のトマト畑のあいびきで
 やうやう妻になりトマトもいでゐる
    □
 虫がこんなに来ては死ぬる
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 八月三十日

風が落ちておだやかな日和となつた、新居三日目の朝である、おさんどんと坊主と、そして俳人としてのカクテル。
今日もまた転居のハガキをかく(貧乏人には通信費が多すぎて困る、といつて通信をのぞいたら私の生活はあまりに殺風景だ)。
樹明兄から、午後一時庵にふさはしい家を見に行かう、との来信、一も二もなく承知いたしました。
大田の敬坊(坊は川棚温泉に於ける私を訪ねてくれた最初の、そして最後の友だつた)から、ありがたい手紙が来た、それに対して、さつそくこんな返事をだしてをいた。――
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……私もいよ/\新らしい最初の一歩(それは思想的には古臭い最後の一歩)を踏みだしますよ、酒から茶へ[#「酒から茶へ」に傍点]――草庵一風の茶味といつたやうな物へ――山を水を月を生きてゐるかぎりは観じ味はつて――とにもかくにも過去一切を清算します。……
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また買物、即ち、バケツ、ゴマイリ、ゴトク、ヒバシ、等、等、一人でも世帯は世帯、一世帯としてのあれやこれやが苦労する、それも誰ゆえ、みんな私自身ゆえ!
酒飲みに酒が飲めなくなり、放浪者が放浪をやめると、それはもう生命がなくなるのではあるまいか。
警戒せよ、石古祖《イシゴソ》(私に残された墓地)が近いぞ。
酒飲みは酒飲めよ、酒は甘露だ、涙でもなければ溜息でもない、さうだ、酒は酒だ、飲めば酔ふのだ。
樹明兄に連れられて、山麓の廃屋[#「山麓の廃屋」に傍点]を見るべく出かけた、夏草ぼう/\と伸びるだけ伸んでゐるところに、その家はあつた、気にいつた、何となく庵らしい草葺の破宅である、村では最も奥にある、これならば『其中庵』の標札をかけても不調和なところはない、殊に電燈装置があつたのは、あんまり都合がよすぎるよ。
帰途、冷たいビール弐本、巻鮨一皿、これだけで二人共満腹、それから水哉居を訪ねる(君は層雲派の初心晩学者として最も真面目で熱心だ)。
樹明兄の人柄が渾然として光を放つた、その光に私はおぼれて[#「おぼれて」に傍点]ゐるのではあるまいか。
其中庵、其中庵、其中庵はどこにある。
廃屋から蝙蝠がとびだした、私も彼のやうに、とびこみませう。
水哉居でよばれた酢章魚はほんとうにおいしかつた、このつぎは鰒だ。
ふけてから、ばら/\と雨の音。
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・稲妻する過去を清算しやうとする
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今夜は寝つかれさうだ、何といつても安眠第一である、そして強固な胃袋、いひかへれば、キヤンプをやるやうなもので、きたないほど本当だ。

 八月三十一日

曇后晴。
四時半起床、朝食七時、勤行八時、読書九時、散歩十一時、それから、それから。――
裸体で後仕舞をしてゐたら、虫が胸にとまつた、何心なく手で押へたので、ちくりと螫された、蜂だつたのだ、さつそく、こゝの主人にアンモニヤを塗つて貰つたけれど、少々痛い。
駅まで出かけて、汽車の時間表をうつしてくる、途上で野菜を買ふ、葱一束二銭也(この葱はよくなか
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