始日本的情趣」に傍点]があると思ふ。
幸雄さんへ手紙を書く、昨夜、M老人にふられたから、もう一人どうでもかうでも保證人を打出し[#「し」に「マヽ」の注記]なければならないのである(さういふ次第だから、書くにも気のすゝまない、貰つてもうれしく手[#「く手」に「マヽ」の注記]紙である)、度々幸雄さんを煩はしてほんとうにすまないことである。
――百雑砕――
燃ゆる陽を浴びて夾竹桃[#「夾竹桃」に傍点]のうつくしさ、夏の花として満点である。
色身を外にして法身なし[#「色身を外にして法身なし」に傍点]、しかも法身は色身にあらず、法身とは何ぞや。
貧時には貧を貧殺せよ[#「貧時には貧を貧殺せよ」に傍点]。
私は拾ふ、落ちた物を拾ふ、落した物[#「落した物」に傍点]を拾ふにあらず、捨てたる物[#「捨てたる物」に傍点]を拾ふなり。
緑平老からの来信は私に安心と落ち着きとを与へてくれた。
[#ここから2字下げ]
・朝曇朝蜘蛛ぶらさがらせてをく
・この木で二円といふ青柿のしづかなるかな
・蒸暑い木の葉いちまい落ちた
・私の食卓、夏草と梅干と
[#ここで字下げ終わり]
今日は梅干とランキヨウとで食べた、もう三週間あまり魚を買はない、野菜が一等おいしい。
嫁と姑[#「嫁と姑」に傍点]、これはあまりにも古い課題だ、そしていつも新らしい課題だ(今日、昼寝覚に、婆さん連中の会話を聞いて)。
夕涼み、軽い心、軽いからだ、軽い話、涼しい。
さみしさはうるさいにまさる[#「さみしさはうるさいにまさる」に傍点]。
――一箇半箇――
捨猫がうろついてゐる、彼女は時々いら/\した声で鳴く、自分の運命を呪ふやうな、自分の不幸を人天に訴へるやうに鳴く、そして食べるものがないので、夜蝉を捕へる、その夜蝉がまた鳴く、断末魔の悲鳴をあげる。……
安いものは[#「安いものは」に傍点]、マツチ、釘、浴衣、そして。――
近眼と老眼とがこんがらがつて読み書きに工合がわるくて困る、そのたびに、年はとりたくないなあと嘆息する。
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・よいゆふべとなりゆくところがない
   青炎郎君にかへし
 夾竹桃、そのおもひでの花びら燃えて
[#ここで字下げ終わり]

 七月廿五日

何と朝飯のうまいこと! (現在の私には、何物でも何時でもうまいのだが)私はほんとうに幸福だ!
茗荷の子三把で四銭、佃煮にして置く、当分食卓がフクイクとしてにほふだらう、これもまた貧楽[#「貧楽」に傍点]の一つ。――
怪我をするときは畳の上でもするといふ、まつたくさうだ、今朝、私は縁側でしたゝか向脛をうつた、痛い、痛い。
こゝの息子さんと土用鰻釣に出かける約束をしたので、釣竿を盗伐すべく山林を歩いてゐると、仏罰覿面、踏抜をした、こん/\と血が流れる、真赤な血だ、美しい血だ、傷敗けをしない私は悠々として手頃の竹を一本切つた、いかにも釣れさうな竿だ、しかし私は盗みを好かない、随つて盗みの罰を受け易い、どうも盗みの興味が解らない。
[#ここから2字下げ]
・押売が村から村へ雲の峰
[#ここで字下げ終わり]

 七月廿六日

相かはらず暑い、夕立がやつて来さうでなか/\やつて来ない、草も木も人もあえいでゐる。
約束通り、こゝの息子さんと溜池へ釣りに行く、鰻は釣れないで鮒が釣れた、何と薄倖な鮒だつたらう、せい/″\三時間位だつたが、ずゐぶんくたぶれた。
[#ここから2字下げ]
・朝から暑い野の花をさがしあるく
・すゝき活けて誰かを待つてゐる
・蟻や蝉やいちにち孫を遊ばせる
    □
・水底の雲から釣りあげた
・赤い夕日に釣つてやめようともしない
[#ここで字下げ終わり]

 七月廿七日

今日は土曜[#「曜」に「マヽ」の注記]の丑の日。
鰻どころか、一句もない一日だつた!
だが、夕方になつて隣室から客人から、蒲焼一片を頂戴した。
まことに鰻ひときれの丑の日だつた!
[#ここから2字下げ]
・暑さ、泣く子供泣くだけ泣かせて
[#ここで字下げ終わり]
だから、駄句一つの一日でもあつた!

 七月廿八日

晴、風がすが/\しい、そして何となく雨の近い感じがする、今日はきつとよいたよりがあるだらう。
よいたよりといへば、昨日うけとつたたよりはうれしいものであつた、緑平老からのたよりもうれしかつたが、幸雄さんからのそれは殊にうれしかつた、それは温情と好意とにあふれてゐた。
頭痛がする、頑健そのものゝやうな私も暑さと貧しさとでだいぶ弱つたらしい、だがまゐつたのぢやない。
野百合と野撫子とを活けた、百合はうつくしい、撫子は村娘野嬢のやうな風情でなくて(百合のやうに)深山少女といつた情趣である、好きな花だ、一目何でもないけれど、見てゐるとたまらなくよいところがある、西洋撫子はとても/\だ。
正さん――この宿の次男で、私の新らし
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