、此頃は、日和癖とでもいふのか、午前中は雨模様、午後になると晴、頭痛がして困る。――
朝の散歩はよい、ことに朝の山路を逍遙する時は一切を忘れて一切に合してゐる気分になる、歯朶がうつくしい、池水がおだやかだ、頬白の声がすが/\しい、物みなよろし[#「みなよろし」に傍点]とはこの事だ。
そこにもこゝにも句が落ちてゐる、かくべつ拾ひたいとも思はないが、その二つ三つ。
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・朝の土から拾ふ
・山奥の蜩と田草とる(これは昨夕)
・夜どほし浴泉《ユ》があるのうせんかつら
・青すゝきどうやら風がかはつた
[#ここで字下げ終わり]
晴れた、晴れた、お天気、お天気、みんなよろこぶ、私も働かう、うんと働かう、ほんとうに遊びすぎた。
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・けふの散歩は蜩ないて萩さいて
・かんがへがまとまらないブトにくはれる
・山のいちにち蟻もあるいてゐる
[#ここで字下げ終わり]
何だかノスタルヂヤにでもかゝつたやうだ、これも造庵や生活やすべてがチグハグになつてゐるせいかも知れない。
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・はだかしたしくはだかをむける(大衆浴場)
・夏の夜のヱンヂンのようひゞく
[#ここで字下げ終わり]

 七月十七日

晴、小月町行乞、往復九里は暑苦しかつたけれど、道べりの花がうつくしかつた、うまい水をいくども飲んだ、行乞はやつぱり私にふさはしい行だと思つた。
行乞所得はよくなかつたが、句の収穫はわるくなかつた。――
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・ぴつたり身につけおべんたうあたゝかい
・朝の水にそうてまがる
・すゞしく蛇が朝のながれをよこぎつた
・禁札の文字にべつたり青蛙
・このみちや合歓の咲きつゞき
・石をまつり水のわくところ
・つきあたつて蔦がからまる石仏
・いそいでもどるかなかなかなかな
・暮れてなほ田草とるかなかな
・山路暮れのこる水を飲み
[#ここで字下げ終わり]
一銭のありがたさ、それは解りすぎるほど解つてゐる、体験として、――しかも万銭を捨てゝ惜まない私はどうしたのだらう!
なぜだか、けふは亡友I君の事がしきりにおもひだされた、彼は私の最初の心友だつた、彼をおもひだすときは、いつも彼の句と彼の歌とをおもひだす、それは、――
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□おしよせてくだけて波のさむさかな
 我れん[#「我れん」に「マヽ」の注記]ちさう籠るに耳は眼はいらじ
    土の蚯蚓のやすくもあるかな
[#ここで字下げ終わり]
労れて戻つて(此宿へは戻つたといつてもいゝ、それほど気安くて深切にして下さる)そして酒のうまさは!
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・つかれた脚を湯が待つてゐた
・雲がいそいでよい月にする
[#ここで字下げ終わり]

 七月十八日

晴れて暑い、ぢつとしてゐて汗がにじみでる、湯あがりの暑さは、裸体になることの嫌いな私でも、褌一つにならずにはゐられない。
昨日の行乞所得の残金全部で切手と端書とを買つた、それでやうやく信債の一部を果した。
酒が好きなために仏門に入るやうになり、貧乏になつたために酒毒から免かれてゐる、世の中の事は変なものであるわい(酒のために自己共に苦しみ悩んだ事はいふまでもないが)。
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・朝からぴよんぴよん蛙
・穂すゝきへけふいちにちの泥を洗ふ
・月あかり撰りわける夏みかんの数
    □
・聴くでもないおとなりのラヂオ泣いてゐる
[#ここで字下げ終わり]

 七月十九日

晴、いよ/\天候もきまつたらしい、私の心もしつかりしてくれ、晩年の光[#「晩年の光」に傍点]を出せ!
此宿の漬物はなか/\うまい(木賃自炊だが、朝の味噌汁と漬物とは貰へる、今日此頃の私は無一文だから漬物でお茶漬さら/\掻きこんでゐる)、殊に今朝は茗荷がつけてあつた、何ともいへない香気だ、暑さを忘れ憂欝を紛らすことが出来る。
夏は浅漬がよい、胡瓜、茄子、キヤベツ、何とか菜、時々らんきようも悪くない、梅干もありがたい。
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 山の夏みかんもぐより売れた
 山からもいで夏みかんやばらばら雨
・朝は涼しい茗荷の子(夏茗荷である)
・はだかではだかの子をだいてゆふべ
[#ここで字下げ終わり]

 七月廿日

曇、土用入だから、かん/\照ればよいのに。
朝の山へ、蜘蛛の囲を分けて登つて萩を採つて来て活けた、温湯に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]したが、うまく水揚げしてくれるとうれしい。
昨夜はとろり[#「とろり」に傍点]としたゞけだつた、こんなでは困る。
盆草――精霊草。
人間は(いや、あらゆる生物は程度の差こそあれ)自分の好きなものを中心として(或は基本として)万事万物を観察する(または換算する)、それが自然でもあり真実でもある、といふ訳で、私は酒を以てす
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