で掃く(改)
・芋の葉でつゝんでくれた小鮒おいしい
[#ここで字下げ終わり]

 九月十二日

晴曇不定、厄日前後らしい天候である。
昨夜は蚊帳を吊らなかつた、昼でも障子を締めてをく方がよい時もある。
自己勘検は失敗だつた、裁く自己が酔ふたから!
樹明兄から米を頂戴した、これで当分はヒモじい目にあはないですむ、ありがたや米、ありがたや友。
慎[#「慎」に傍点][#レ]独[#「独」に傍点]――自己を欺かない、といふことが頻りに考へられた、一切の人間的事物はこれを源泉としなければならない。
古浴衣から襦袢一枚、雑巾二枚を製作した。
夕ぐれを樹明来、蒲鉾一枚酒一本で、とろ/\になつた。
今日の水の使用量は釣瓶で三杯(約一斗五升)。
近来少し身心の調子が変だ、何だかアル中らしくもある(たゞ精神的に)。
今夜も楽寝[#「楽寝」に傍点]だつた。

 九月十三日

起きたい時に起き、寝たい時に寝る、食べたくなれば食べ、飲みたくなれば飲む(在る時には――である)。
今日は三時起床、昨夜の残滓を飲んで食べる。
何といつても朝酒はうまい、これに朝湯が添へば申分なし。
今朝の御飯はよく炊けた(昨朝の工合の悪さはどうだつた)。
よく食べた、そして自分の自炊生活を礼讃した、その一句として、一粒一滴摂取不捨[#「一粒一滴摂取不捨」に傍点]。
めづらしい晴れ、とき/″\しぐれ、好きな天候。
摘んできて雑草を活ける、今朝は露草、その瑠璃色は何ともいへない明朗である。
母家の若夫婦は味噌を搗くのにいそがしい、川柳的情趣。
白船老から来信、それは私に三重のよろこびをもたらした、第一は書信そのもの、第二は後援会費、第三は掛軸のよろこびである。
蛇が蛙を呑んだ、悲痛な蛙の声、得意満面の蛇の姿、私はどうすることもできない、どうすることはないのだ!
廃人が廃屋に入る[#「廃人が廃屋に入る」に傍点]、――其中庵の手入は日にまし捗りつゝあると、樹明兄がいはれる、合掌。
昼御飯をたべてから、海の方へ一里ばかり歩いて、五時間ほど遊んだ、国森さんの弟さんに逢ふ(必然の偶然とでもいはうか)、蜆貝をとつてきて一杯やる。
夜、樹明兄来庵、ちよんびり飲んでから呂竹居へ、呂竹老は温厚そのものといへるほど、落ちついた好々人である、楽焼数点を頂戴する、それからまた二人で、何とかいふ食堂で飲む、性慾、遊蕩癖、自棄病が再発して困つた、やつと抑へつけて、戻つて、寝たけれど。――
女房といふものは、たとへば、時計に似たところがある、安くても、見てくれはよくなくても、きちんとあつてをればよろしい、困るのは故障の多い品、時計屋をよろこばせて亭主は泣く、ヒチリケツパイ。
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・夜あけの星がこまかい雨をこぼしてゐる
・鳴くかよこほろぎ私も眠れない
 星空の土へ尿する
・並木はるかに厄日ちかい風を見せてゐる
 秋晴れの音たてゝローラーがくる
    □
・二百二十日の山草を刈る
    □
・秋の水ひとすぢの道をくだる
 すわればまだ咲いてゐるなでしこ
・かるかやへかるかやのゆれてゐる
 ながれ掻くより澄むよりそこにしゞみ貝
・水草いちめん感じやすい浮標《ウキ》
    □
 月がある、あるけばあるく影の濃く
  追加三句
 おもたく昼の鐘なる
 子を持たないオヤヂは朝から鳩ぽつぽ
・こほろぎよ、食べるものがなくなつた
[#ここで字下げ終わり]
いやな夢ばかり見てゐる。……
唖貝(煮ても煮えない貝)はさみしいかな。
根竹の切株を拾ふ、それはそのまゝ灰皿として役立つ。
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・別れて月の道まつすぐ
[#ここで字下げ終わり]

 九月十四日

晴、多少宿酔気味、しかし、つゝましい一日だつた。
身心が燃える[#「身心が燃える」に傍点](昨夜、脱線しなかつたせいかも知れない、脱線してもまた燃えるのであるが)、自分で自分を持てあます、どうしようもないから、椹野川へ飛び込んで泳ぎまはつた、よかつた、これでどうやらおちつけた。
菜葉二銭[#「菜葉二銭」に傍点]、半分は煮て食べ、半分は塩漬にした(私はあまり芋類豆類を好かない)。
漬物石の代りには、一升徳利に水を詰めたのがよろしい、軽重自在、ぴつたりしてゐる。
お祭の旗や提灯がちらほら[#「ちらほら」に傍点]見える。
あゝ、雑草のうつくしさ[#「雑草のうつくしさ」に傍点]よ、私は生のよろこびを感じる。
そこの柿の木にいつも油蝉がゐる、まいにち子供がきてはとる、とつてもとつても、いつもゐる、不思議な気がする。
いつもリコウでは困る、時々はバカになるべし(S君に)。
イヤならイヤぢやとハツキリいふべし、もうホレタハレタではない(彼女に)。
大きな乳房[#「大きな乳房」に傍点]だつた、いかにもうまさうに子が吸うてゐた、うらやましかつた、はて、私と
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