手[#「手」に「マヽ」の注記]並のうつくしさ、動物の若さのほがらかさ。
産地熊本県と名札にかいてあるのにも郷愁に似たものをそゝられました。
昼寝でいやな、といふよりも、きたない夢[#「きたない夢」に傍点]をみた。
樹明さんが、鮒のあらいを芋の葉につゝんで草刈そのままの服装で持つてきて下さつた、たいへんうれしかつた。
清丸さんを見てから、しきりに彼の事が気にかゝる、彼が私の生活にこんなにもくひいつてゐようとは予期しなかつた、それは彼が彼の生活にくひいつてゐないやうに。
私はどんづめのどたんば[#「どんづめのどたんば」に傍点]では落ちついてゐるだらう、本来無一物でなくて、即今無だから!
私のつけた辛子漬《カラシヅケ》はうまい、それは必ずしも辛子代、私の手間代、彼の労力に対してではない。
よい釣場を見つけたが、雑魚一ぴきも釣れなかつた。
案山子二つ、一つは赤い、一つは白い着物をきてゐた、赤い、……白い。……
あれやこれやと考へまはしてゐるうちに、すこしセンチになつた、そのためでもなからうが、――クシとブトウ!
今日は暑かつた、むしあつかつた、ぢつとしてゐて、『一番つまらないのが百姓』である話を聴いた。
といつたつて、そのせい[#「せい」に傍点]でもあるまいが、私は野菜と肉類らしくない肉類を味つてゐる、あれもよし、これもよし、それでさつぱす[#「ぱす」に「マヽ」の注記]る。
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 雑草めい/\の花を持ち百姓
 お祭ちかい秋の道を掃いてゆく
 かつちり時間あつてゐる曇の日のドン
 萩の一枝に日がある
 曇り、時計赤い逢ふ
・とかくして秋雨となつた
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雨、こほろぎ(彼の納所坊主でもたづねますか)。
食べるものが無くなつてくるから、松茸、うまからう。
       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
降つてゐる、鳴いてゐる、けさも早かつた。
昨日の日記を読んで驚いた、それは夢遊病者の手記みたいだつた(前半はあれでもよからう)、アルコールの漫談とでもいはうか、書かなくてもよい事が書いてある代りに、書かなければならない事が書いてない、どうせ反古になるのだから、どうでもよいやうなものゝ、このまゝにしてをくことは私の潔癖が許さない。
事実そのものはかうである。――
今日は魚釣にゆかうかとも思つてゐたが、読書することに心が傾いたので読書してゐた、しかし何としても頭がいたいので、夕方、それは四時すぎだつた、ぶらりと釣竿と魚籠《ビク》とを持つて出かけた、そして草の上の樹蔭によい場所があつたので、そこへしが[#「しが」に「マヽ」の注記]んで、釣ることよりも考へることをつゞけてゐた、ちつとも釣れない、やうやく雑魚一尾釣りあげたきりなので、見切をつけて戻つてくる、樹明さんが待つてゐた、草刈の寸暇をぬすんで(草刈男、墓刈番は[#「墓刈番は」はママ]こちらにあります)、鮒の洗身を持つてきて下さつた。
やあ、やあで十分である、それだけで一切が通じる、草刈姿と芋の葉と鮒、――日本的百パアである。
例によつて一杯のんだ(焼酎二合)、そして別れた。
……ふと眼がさめて見たら十時半だつた、本式に寝て、二度目の眼がさめたのが四時、それからそれへ。……
昨夜、樹明兄を見送つて、日記を書きはじめたのは覚えてゐる、書いてゐるうちに前後不覚になつたらしい。
意識がなくなる、といつては語弊がある、没意識[#「没意識」に傍点]になるのである(それは求めて与へられるものぢやない、同時に、拒んで無くなるものでもない)。
その日記を通して自己勘検をやつてみる。
案山子二つ、……赤いとあるだけではウソだ。
その前のところに、――即今無――とある、無意味だ、といふよりも缺陥そのものだ、無無無[#「無無無」に傍点]といつた方がよいかも知れない、とにかくムーンだから!
辛子漬《カラシヅケ》云々は、私といふ人間が御飯ぐらゐは炊けることを証明した事実である。
雑草の句の下の文句が百姓とあるのは、用意のない嫌味だ、それだけに却つて嫌味たつぷり。
お祭の句なんどは全然問題にならない。
その他の句は、長門峡とか、時計とか赤いとか、何とかかとかうるさいばかりだ。
昨日の今日で頭がわるくない、痔もわるくない、腹も胃も、手も足も、――あゝすこしばかり行乞流転したい。
        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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   改
 お祭ちかい朝の道を大勢で掃いてゆく
・萩の一枝にゆふべの風があつた
 曇り日の時計かつちりあつてゐる
 案山子、その一つは赤いべゞ着せられてゐる
   改訂再録
・とかくして秋雨となつた
 鶏頭の赤さ並んでゐる
・咲いて萩の一枝に風がある
 けふからお祭の朝の道みんな
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