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・墓から墓へ夕蜘蛛が網を張らうとする
・墓に紫陽花咲きかけてゐる
・夕焼小焼牛の子うまれた
・家をめぐり蛙なく新夫婦である
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 七月九日

空は霖雨、私は不眠、相通ずるものがあるやうだ。
あの晩からちつとも飲まないので、一杯やりたくなつた!
星城子さんの厚情によつて、飯田さん仙波さん寄与の懐中時計が到着した、私が時計を持つといふことは似合はないやうでもあるが、すでに自分の寝床をこしらへつゝある今日、自分の時計を持つことは自然でもあらう(その時計の型や何かは、私の望んだほど時代おくれでもなくグロテスクでもなけれど、三君あればこそ私の時計があつたのである、ありがたい/\、たゞ口惜しいのはチクタクがちよい/\と睡ることである、まさか、私のところに来たといふので、酔つぱらつたのでもあるまい!)。
動かない時計はさみしく、とまる時計はいらだゝしいものである。
うれしいたよりが二つあつた、樹明君から、そして敬治君から。
花ざくろを活ける、美しい年増女か!
石を拾ふついでに、白粉罎を拾うた、クラブ美の素といふレツテルが貼つてあつた、洗つても洗つてもふくいく[#「ふくいく」に傍点]としてにほふ、なまめかしい、なやましいにほひだ、しかし酒の香ほどは好きでない、むろん嫌いではない、しばらくならば(これは印肉入にする)。
夕方になつて腹が空いてくると、ひつかけたくなる、大急ぎで、詰めこんで、アルコール虫をママで抑へつけた!
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・おちつかない朝の時計のとまつてる
・旅路はいろ/\の花さいて萩
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夜は宿の人々と雑談する、行乞の話、酒の話、釣の話、等、等、――此家の人々はみんな好人物である、かういふ人々と親しくして余生を送ることができるやうになつた私の幸福を祝さう。
当地に草庵をつくるについて、今更のやうに教へられたことは、金の魅力、威力、圧力、いひかへれば金のきゝめ[#「金のきゝめ」に傍点]であつた。
私は私にふさはしくない、といふよりも不可能とされてゐた貯金[#「貯金」に傍点]を始めることになつた、保證人に対する私の保證物として!(毎月壱円)
そして、私がしみ/″\と感じないではゐられないことは、仏教の所謂、因縁時節[#「因縁時節」に傍点]である、因縁が熟しなければ、時節が来なければ、人生の事はどうする
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