残忍と畜生の弱さだ。
夕方散歩する、いそがしい麦摺機の響、うれしさうな三味の音と唄声。
今日はいやにゲイシヤガールがうろ/\してゐる。
私の因縁時節到来[#「私の因縁時節到来」に傍点]! 緑平老へ手紙を書きつゝ、そんな感じにうたれた。
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 ふたゝびこゝで白髪を剃る
 どうでもこゝにおちつきたい夕月
・朝風の青蘆を切る
    □
・これだけ残つてゐるお位牌ををがむ
    □
・あるだけの酒のんで寝る月夜
・吠えてきて尾をふる犬とあるく
・まとも一つの灯はお寺
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昨夜は幾夜ぶりかでぐつすり眠つたが、今夜はまた眠れないらしい、ゼイタク野郎め!
若夫婦の睦言が、とぎれ/\に二階から洩れてくる、無理もない、彼等は新婚のほや/\だ。
どうしてもねむれないから、また湯にはいる、すべてが湯にとける、そしてすべてがながれてゆく。……

 六月十一日 同前。

快晴、明日は入梅だといふのに、これはまた何といふ上天気だらう、暑い陽がきら/\照つた。
農家は今が忙しい真盛りだ、麦刈、麦扱(今は発動機で麦摺だが)、やがてまた苗取、田植。
しかし今年はカラツユかも知れない、此地方のやうな山村山田では水がなくて困るかも知れないな、どうぞさういふ事のないやうに。――
歯が悪くなつて、かへつて、物を噛みしめて食べるやうになつた(しようことなしに)、何が仕合になるか解つたものぢやない。
此宿の裏長屋に、仔猫が四匹生れてゐる、みんな可愛い姿態を恵まれてゐる、毎日、此宿の孫息子にいぢめられてゐるが、親猫は心配さうに鳴いてゐるより外ない、その仔猫を夕方、舞妓が数人連れて貰ひに来た、悪口いつては気の毒だが、仔猫仔猫を貰ひに来た、ソモサン!
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・からつゆから/\尾のないとかげで
 いつしよにびつしより汗かいて牛が人が
・ゆふぐれは子供だらけの青葉
 仔猫みんな貰はれていつた梅雨空
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また文なしになつた、宿料はマイナスですむが、酒代が困る、やうやくシヨウチユウ一杯ひつかけてごまかす。
やつぱり生きてゐることはうるさいなあ[#「やつぱり生きてゐることはうるさいなあ」に傍点]、と同時に、死ぬることはおそろしいなあ[#「死ぬることはおそろしいなあ」に傍点]、あゝ、あゝ。

 六月十二日 同前。

曇、今日から入梅。
山を歩い
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