トマトがすがれてをり、そこにもこゝにもイチヂクが色づきつゝある。
九月六日
三時になるのを待つて起きた、暫時読書、それから飯を炊き汁を温める。……
気分がすぐれない、すぐれない筈だ、眠れないのだから。
昨日は誰も訪ねて来ず、誰をも訪ねて行かなかつた、今朝は樹明さんが出勤途上ひよつこり立ち寄られた、其中庵造作の打合せのためである、いつもかはらぬ温顔温情ありがたし、ありがたし。
夕立、入浴、そして鮠釣、今日は十五尾の獲物があつた、さつそく焼いて焼酎を傾けた、考へてみれば、人間ほど無慈悲で得手勝手なものはない、更にまた考へてみれば、朝の水で泳ぎ遊んでゐた魚が、昼にはもう殺されて私の腹中におさまつてゐる、無常とも何ともいひやうがない。
小郡には蓮田が多い、経済的に利益があるためであらうか、その広い青葉をうつ雨の音は快いものだ。
肌寒くなつた、掛蒲団なくては眠れなくなつた、これ私[#「れ私」に「マヽ」の注記]のやうな貧乏な孤独人はキタヱられるのである。
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晴れてよい日の種をまく土をまく
・子のないさみしさは今日も播いてゐる
・夕月に夕刊がきた
□
・まがつた風景そのなかをゆく(再録)
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夜は樹明、冬村の二兄来庵、話題は例によつて、其中庵乃至俳句の事、渋茶をがぶ/\飲むばかりお茶うけもなかつた。
今日うれしくも酒壺洞君から書留の手紙がきた、これで山頭火後援会も終つた訳だ(決算はまだであるが)、改めて、私は発起賛同の諸兄に感謝しなければならない、殊に緑平老の配慮、酒壺洞君の斡旋に対して。
九月七日
朝、天地清明[#「天地清明」に傍点]を感じた、いはゆる秋日和である、寒いほどの冷気だつた。
午前は郵便局まで出かけた、途中いろ/\の品物を買つた、今日に限つたことではないが、小郡の商人はサービスといふことを知らない、言葉は知つてゐようけれど、その意味を知らないといつても過言ではない、何といふ愛想の缺乏だらう、彼等は知人と他人とをあまりに明瞭に区別する、買物高の多少によつて挨拶も扱別も違ふ、等、等(私の接触した限りに於て、そして類推した限りに於て)。
前が酒屋で、隣が豆腐屋、これがこの家の位置だ、端唄のほとゝぎすとは何といふ相違だらう!
夕方の途上で泊客を見たら、何と綺麗だつたらう、新秋、二人相携へて箱根へゆく、――そし
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