深江、久保屋(二五・上)

世間師は晩飯を極楽飯、朝飯を地獄飯といふ、私も朝飯を食べた以上、安閑としてゐることは出来ない、合羽を着て笠を傾けて雨の中へ飛び出す、加布里、片山といふやうな部落を行乞して宿に着いたのは三時過ぎだつた、深江といふ浦町はさびしいけれど気に入つたところである、傾いた家並も、しんみりとしてゐる松原もよかつた、酒一合、燗をしてくれて九銭、大根漬の一片も添へてくれた。
此宿は新らしくて掃除も行き届いてゐる、気持よく滞在出来るのだが、憾むらくはゲルトがない(殊に同宿の煩はしさがないのがうれしい)。
私たちは『一日不作一日不食』でなくて『食べたら働かなければならない』である、今日の雨中行乞などは、まさにそれだ(働かなければ食へないのはホントウだ、働らいても食へないのはウソだ)。
よく降る雨だ、世間師泣かせの雨だ、しかし、雨の音はわるくない、ぢつと雨を聴いてゐると、しぜんに落ちついてくる、自他の長短が解りすぎるほど解る。
此宿はほんたうによい、部屋もよく夜具もよく賄もよい、これだけの待遇をして二十五銭とは、ほんたうによすぎる。
途中、浜窪といふ遊覧地を通つた、海と山とが程よく
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