『聖人に夢なし』『聖人には悔がないから』
自分が与へられるに値しないことを自覚することによつて行乞がほんたうになります。
ルンペンのよいところは自由! 主観的にも客観的にも。――
失職コツクと枯草に寝ころんで語つた!

 三月八日[#「三月八日」に二重傍線] 晴曇、行程三里、川上、藤見屋(投込四〇・下)

神崎町行乞、うれしい事もあり、いやな事もあつた、私はあまり境に即しすぎてゐる。
途中、な[#「な」に「マヽ」の注記]ぐれコツクに話しかけられて、しばらく枯草の上で話す、不景気風はどこまでも吹いてゆく。
川上といふところは佐賀市から三里、電車もかゝつてゐる、川を挾んだ遊覧地である、水も清く土も美しい、好きな場所である、春から秋へかけてはいゝだらうと思ふ。
宿はよくない、たゞ気安いのが何よりだ、アグラをかいて飲んだ、酒はよかつた。
同宿四人、その一人は旅絵師で川合集声といふ老人、居士ともいふべき人物で、私が旅で逢つた人の中で最も話せる人の一人だつた、話が面白かつた。
執行(シユギヨウ)といふ姓、尼寺(ニイジ)といふ地名を覚えてゐる。
句が出来なくなつた、出来てもすぐ忘れてしまふ。

 三月九日[#「三月九日」に二重傍線] 曇、なか/\冷たい、滞在休養。

例の画家に酒と飯とを供養する、私が供養するのぢやない、私の友人の供養するのだから――友人から送つてくれたゲルトだから――お礼がいひたかつたら、友人にいつて下さいといつたりして大笑ひしたことだつた。
今日一日で旅のつかれがすつかりなくなつた。

 三月十日[#「三月十日」に二重傍線] 雨となつた、行程二里、小城町、常盤屋(二五・上)

降りだしたので合羽をきてあるく、宿銭もないので雨中行乞だ、少し憂欝になる、やつぱりアルコールのせいだらう、当分酒をやめようと思ふ。
早くどこかに落ちつきたい、嬉野か、立願寺か、しづかに余生を送りたい。
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酒やめておだやかな雨
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こんな句はつまらないけれど、ウソはない、ウソはないけれど真実味が足りない、感激がない。
夜は文芸春秋を読む、私にはやつぱり読書が第一だ。
ほろりと前歯がぬけた、さみしかつた。
追記――川上といふところは川を挾んだ部落だが、水が清らかで、土も美しい、山もよい、神社仏閣が多い、中国の三次町に似てゐる、いはゞ遊覧地で、夏の楽園らしい、佐賀市からは、そのために、電車が通うてゐる、もう一度来てゆつくり遊びたいと思うた。
宿は高い割合に良くなかつた。
春日墓所(閑叟公の墓所)は水のよいところ、水の音も水の味もうれしかつた。

 三月十一日[#「三月十一日」に二重傍線] 晴、小城町行乞、宿は同前。

ずゐぶん辛抱強く行乞した、飴豆を貰つて食べる、焼芋を貰つて食べる、餅を貰つて食べる、そして酒は。……
三日月といふ地名はおもしろい。
此宿はよい、木賃二十五銭では勿体ない。
同宿五人、みんなお遍路さんだ、彼等には話題がない、宿のよしあし、貰の多少ば[#「ば」に「マヽ」の注記]りを朝から晩まで、くりかへしくりかへし話しつゞけてゐる。

 三月十一日[#「三月十一日」に二重傍線] また雨、ほんに世間師泣かせの雨だ、滞在。

札所清水山へ拝登、山もよく瀧もよかつた(珠簾瀧)、建物と坊主とはよくなかつたが。
終日与太話、うるさくて何も出来ない、私も詮方なしに仲間入して暮らす。
名物小城羊羮、頗る美人のおかみさんのゐる店があつて、羊羮よりもいゝさうな!

 三月十三日[#「三月十三日」に二重傍線] 曇、晴れて風が強くなつた、行程六里、途中行乞、再び武雄町泊、竹屋といふ新宿(三〇・下)

同宿は若い誓願寺さん、感情家らしかつた、法華宗にはふさはしいものがあつた。
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・ここにおちつき草萌ゆる(改作)
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三月十四日[#「三月十四日」に二重傍線] 曇、時々寒い雨が降つた、行程五里、また好きな嬉野温泉、筑後屋、おちついた宿だ(三〇・上)
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此宿の主人は顔役だ、話せる人物である。
友に近状を述べて、――
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嬉野はうれしいところです、湯どころ茶どころ、孤独の旅人が草鞋をぬぐによいところです、私も出来ることなら、こんなところに落ちつきたいと思ひます、云々。
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楽湯――遊於湯――何物にも囚へられないで悠々と手足を伸ばした気分。
とにかく、入湯は趣味だ、身心の保養だ。

 三月十五日[#「三月十五日」に二重傍線] 十六日 十七日 十八日 滞在、よい湯よい宿。

朝湯朝酒勿体ないなあ。
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 駐在所の花も真ッ盛り(追加)
    □
・さみしい
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