洞居。
九時の汽車で博多へ、すぐ市役所に酒君を訪ねたが、忙しいので、後刻を約して市街を行乞する。
今夜はよく飲んだ、自分でも呆れるほどだつた、しかし酔つたいきほひで書きまくつた、酒君はよく飲ませてもくれるけれど、よく書かせもする。
市は市のやうにハジキが多い、十軒に一軒、十人に一人ぐらゐしか戴けない、ありがたかつたのは、途上で、中年婦人から五銭白銅貨を一つ、田舎者らしい人から一銭銅貨を三枚喜捨せられた事だつた。
この矛盾をどうしよう、どうしようもないといつてはもう生きてゐられなくなつた、この旅で、私は身心共に一切を清算しなければならない、そして老慈師の垂誨のやうに、正直と横着[#「正直と横着」に傍点]とが自由自在に使へるやうにならなければならない。
あゝ酒、酒、酒、酒ゆえに生きても来たが、こんなにもなつた、酒は悪魔か仏か、毒か薬か。
十二月廿九日[#「十二月廿九日」に二重傍線] 曇、時雨、四里、二日市、和多屋。
十時、電車通で別れる、昨夜飲み過ぎたので、何となく憂欝だ、どうせ行乞は出来さうもないから、電車をやめて歩く、俊和尚上洛中と聞いたので、冷水越えして緑平居へ向ふつもり、時々思ひだしたやうに行乞しては歩く。
武蔵温泉に浸つた、温泉はほんたうにいゝ、私はどうでも温泉所在地に草庵を結びたい。
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十二月卅日[#「十二月卅日」に二重傍線] 晴れたり曇つたり、徒歩七里、長尾駅前の後藤屋に泊る、木賃二十五銭、しづかで、しんせつで、うれしかつた、躊躇なく特上の印をつける。
[#ここで字下げ終わり]
早朝、地下足袋を穿いて急ぎ歩く、山家、内野、長尾といふやうな田舎街を行乞する、冷水峠は長かつた、久しぶりに山路を歩いたので身心がさつぱりした、こゝへ着いたのは四時、さつそく豆田炭坑の湯に入れて貰つた。
山の中はいゝなあ、水の音も、枯草の色も、小鳥の声も何も彼も。――
このあたりはもうさすがに炭坑町らしい。
夫婦で、子供と犬とみんないつしよに車をひつぱつて行商してゐるのを見た、おもしろいなあ。
何といふ酒のうまさ、呪はれてあれ。
持つてゐるだけの端書を書く、今の私には、俳友の中の俳友にしか音信したくない。
十二月卅一日[#「十二月卅一日」に二重傍線] 快晴、飯塚町行乞、往復四里、宿は同前。
昨日は寒かつたが今日は温かい、一寒一温、それが取りも直さず人生そのものだ。
行乞相も行乞果もあまりよくなかつた、恥づべし/\。
昨夜は優遇されたので、つい飲み過ごしたから、今夜は慎しんで、落ちついて読書した。
此宿は本当にいゝ、かういふ宿で新年を迎へることが出来るのは有難い。
『年暮れぬ笠きて草鞋はきながら』まつたくその通りだ、おだやかに沈みゆく太陽を見送りながら、私は自然に合掌した、私の一生は終つたのだ、さうだ来年からは新らしい人間として新らしい生活を初めるのである。
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ここに落ちついて夕顔や
・雨の二階の女の一人は口笛をふく
□
・ふるさとを去るけさの鬚を剃る
・ずんぶり浸るふる郷の温泉《ユ》で
・星へおわかれの息を吐く
・どこやらで鴉なく道は遠い
・旅人は鴉に啼かれ
・旅は寒い生徒がお辞儀してくれる
・旅から旅へ山山の雪
・身にちかく山の鴉の来ては啼く
熊本県界
・こゝからは筑紫路の枯草山
自嘲
・うしろ姿のしぐれてゆくか
大宰府三句
しぐれて反橋二つ渡る
・右近の橘の実のしぐるゝや
・大樟も私も犬もしぐれつゝ
□
・ふるさと恋しいぬかるみをあるく
・街は師走の売りたい鯉を泳がせて
酒壺洞房
・幼い靨で話しかけるよ
□
・師走のゆきゝの知らない顔ばかり
・しぐれて犬はからだ舐めてゐる
□
・越えてゆく山また山は冬の山
・枯草に寝ころぶやからだ一つ
[#ここで字下げ終わり]
× × ×
まづ何よりも酒をつゝしむべし、二合をよしとすれども、三合までは許さるべし、シヨウチユウ、ジンなどはのむべからず、ほろ/\としてねるがよろし。
いつも懺悔文をとなふべし、四弘誓願を忘るべからず。――
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我昔所造諸惑[#「惑」に「マヽ」の注記]業 皆由無始貪慎痴
従身口意之所生 一切我今皆懺悔
衆生無辺誓願度 煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学 仏道無上誓願成
[#ここで字下げ終わり]
一切我今皆懺悔――煩悩無尽誓願断――
一月一日[#「一月一日」に二重傍線] 時雨、宿はおなじく豆田の後藤といふ家で。
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・水音の、新年が来た
[#ここで字下げ終わり]
何としづかな、あまりにしづかな元旦だつたらう、それでも一杯ひつかけてお雑煮も食べた。
申の歳、熊本の事を思ひ
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