日」に二重傍線] 晴、二里ばかり歩いて三里は自動車、伊東宅(大田)

樹明君がどうでも大田までいつしよに行くとの事、職務妨害はいけないと思つたが(君は農学校勤務)、ちつとも妨害にはならないといはれるので、一杯機嫌で伊東君の宅へころげこんだ、幾年ぶりの再会か、うれしかつた。
街の家でまた飲む、三人とも酒豪ではないが、酒徒であることに間違はない、例によつて例の如く飲みすぎる、饒舌りすぎる。
葉山葵はおいしかつた、苣《チシヤ》膾はなつかしかつた。

 五月十一日[#「五月十一日」に二重傍線] 十二日 十三日 十四日 十五日

酒、酒、酒、酒、酒、……遊びすぎた、安易になりすぎた、友情に甘えすぎた、伊東君の生活を紊したのが、殊に奥さんを悲しませたのは悪かつた、無論、私自身の生活気分はメチヤクチヤとなつた。……
いよ/\十五日の夕方、大田から一里ばかりの山村、絵堂まで送られて歩いた(このあたりは維新役の戦跡が多い、鍾乳洞も多い)。
アルコールの力を借つて睡る。
秋吉台の蕨狩は死ぬるまで忘れまい。
[#ここから2字下げ]
 バスを待ちわびてゐる藤の花(小郡から大田へ)
 曲つて曲る青葉若葉(  〃  )
 ぎつしり乗り合つて草青々(  〃  )
    □
 苺ほつ/\花つけてゐた(伊東君に)
 つゝましく金盞花二三りん( 〃 )
 襁褓干しかけてある茱萸も花持つ( 〃 )
 逢うてうれしい音の中( 〃 )
    □
 鳴いてくれたか青蛙(或る旗亭にて)
 葉桜となつて水に影ある( 〃 )
 たそがれる石燈籠の( 〃 )
    □
 きんぽうげ、むかしの友とあるく
 蔦をははせて存らへてをる
    □
・山ふところで桐の花
・青草に寝ころんで青空がある
 咲いてかさなつて花草二株
    □
・別れて橋を渡る
・青葉の心なぐさまない
[#ここで字下げ終わり]
しつかりしろ、と私は私自身に叫ぶ外なかつた、あゝ。
[#地付き]――赤郷絵堂、三島屋(三〇・中)。

 五月十六日[#「五月十六日」に二重傍線] 晴、行程四里、三隅宗頭、宮内屋(二五・上)

すつかり初夏風景となつた、歩くには暑い、行乞するには懶い、一日も早く嬉野温泉に草庵を結ばう。
けふの道はよい道だつた、こんやの宿はよい宿だ。
花だらけ、水だらけ、花がうつくしい、水がうまい(酒はもう苦くなつた)。
[#ここから2字下げ]
 初夏の水たたへてゐる
 雲がない花の散らうとしてゐる
 柿の若葉が見えるところで寝ころぶ
 けふのみちも花だらけ
・わらや一つ石楠花を持つ
[#ここで字下げ終わり]
途上で、蛇が蛙を呑まうとしてゐるのを見た、犬養首相暗殺のニユースを聞かされた。

 五月十七日[#「五月十七日」に二重傍線] 十八日 十九日 降つたり吹いたり晴れたり、同じ宿で。

仏罰覿面、痔がいたんで歩けないので休養、宿の人々がまたよく休養させてくれる、南無――。
同宿の同行はうれしい老人だつた、酒好きで、不幸で、そして乞食だ!
何といふ山のうつくしさだらう、このあたりに草庵を結ばうかと思つたほどのうつくしさだつた。
終日黙想、労れたら寝た、倦いたら読んだ、曰く、講談本、――新撰組、相馬大作、等、等、等。
自動車パンク、そしてガソリン発火、こんな山村にもこんな事件が起つた、そして狂人、そして死人。……
晴、風、そして雨、それがホントウだ。
またこゝで、一皮脱ぎました、たしかに一皮だけは。

 五月廿日[#「五月廿日」に二重傍線] 曇、行程四里、正明市、かぎや(三〇・中)

いや/\歩いて、いや/\ホイトウ、仙崎町三時間、正明市二時間、飯、米、煙、そしてそれだけ。
此宿の主人は旧知だつた、彼は怜悧な世間師だつた、本職は研屋だけれど、何でもやれる男だ、江戸児だからアツサリしてゐる、おもしろいね。
同宿六人、みんなおもしろい、あゝおもしろのうきよかな[#「あゝおもしろのうきよかな」に傍点]、蛙がゲロ/\人間ウロ/\。
空即空[#「空即空」に傍点]、色是色[#「色是色」に傍点]、――道元禅師の御前ではほんたうに頭がさがる、――日本に於ける最も純な、貴族的日本人[#「貴族的日本人」に傍点]、その一人はたしかに永平老古仏。
こゝで得ればかなたで失ふ、一が手に入れば二は無くなる、彼か彼女か、逢茶喫茶、ひもぢうなつたらお茶漬でもあげませうか、それがほんたうだ、それでたくさんだ、一をたゞ一をつかめば一切成仏、即身即仏、非心非仏。
[#ここから2字下げ]
 こんやの宿も燕を泊めてゐる
・ふるさとの夜となれば蛙の合唱
[#ここで字下げ終わり]
初めて逢うた樹明君、久しぶりに逢うた敬治君、友はよいかな、うれしいかな、ありがたいかな、もつたいないかな、昨日今日、こんなにノンキで生きてゐるのはみんな友情の賜物である
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