地そのものに触れたやうな気がした、ありがたい、清子さんにあつく御礼を申上げる。
五月六日[#「五月六日」に二重傍線] 曇、后晴、ふつてもふいてもよろしい白船居。
悠々として一日一夜を楽しんだ、洗濯、歓談、読書、静思、そして夜は俳句会へ。
糞ツ南無阿弥陀仏の話はよかつた、その『糞ツ』は全心全身の声だ、合掌して頂戴した。
句を拾ふ――こんな気持にさへなつた、街から海へ、海から森へ、森から家へ。――
棕櫚竹を伐つて貰ふ、それは記念の錫杖となる。
[#ここから2字下げ]
石があつて松があつて、そして密[#「密」に「マヽ」の注記]柑があつて(白船居)
どうやら霽れさうな松のみどり
沖から白帆の霽れてくる
埋立地のそここゝ咲いてゐる
頬かむりして夏めく風に
そよいでる棕櫚竹の一本を伐る
西瓜とパヽイヤとさて何を添へようか
(白船居)
春蘭そうして新聞
むつまじく白髪となつてゐられる
□
星も見えない旅をつゞけてゐる
□
・岩へふんどし干してをいて
・若葉のしづくで笠のしづくで
[#ここで字下げ終わり]
よく話した、よく飲んだ、よく飲んだ、よく話した、そしてぐつすり寝た。
五月七日[#「五月七日」に二重傍線] 晴、行程二里、福川、表具屋(三〇・上)
ほがらかに眼はさめたのだが、句会で饒舌りすぎ、夜中飲みすぎたので、どこかにほがらかになりきれないものがないでもない。
さう/\として出立する、逢うてうれしさ、別れのつらさである、友、友の妻、友の子、すべてに幸福あれ。
富田町行乞(そこは農平老の故郷だ)そして富田よいとこと思つた、行乞相は満点、いつもこんなだと申分ない。
けさ、立ちぎはの一杯二杯はうれしかつた、白船老の奥さんは緑平老の奥さんと好一対だ。
こゝまで来ると、S君の事が痛切に考へられる、S君よ健在なれ、私は君の故郷を見遙かしながら感慨無量、人生の浮沈を今更のやうにしみ/″\感じた。
此宿は飴屋の爺さんに教へられたのだが、しづかできれいで、気持よく読んだり書いたりすることが出来る、それにしても私はいよ/\一人になつた。
[#ここから2字下げ]
・バスが藤の花持つてきてくれた
[#ここで字下げ終わり]
五月八日[#「五月八日」に二重傍線] 雨、しようことなしの滞在、宿は同前。
終日読書静観、ゲルトがないと坊主らしくなる。
同宿四人、みんな間[#「間」に「マヽ」の注記]師だ、間師はそれ/″\間師らしい哲学を持つてゐる、話してもなか/\おもしろい、間師同志の話は一層おもしろい(昨日今日当地方の春祭だから、それをあてこんで来たものらしい)。
痔がいたむ、酒をつゝしみませう。
[#ここから2字下げ]
・ふるさとの夢から覚めてふるさとの雨
入川汐みちて出てゆく船
窓が夕映の山を持つた
[#ここで字下げ終わり]
この宿のおかみさんはとても[#「とても」に傍点]醜婦だ、それだけ好意が持てた、愛嬌はないが綺麗好きだから嬉しい。
世間する[#「世間する」に傍点]、といふ言葉は意味ふかい、哲学する[#「哲学する」に傍点]といふ言葉のやうに。
五月九日[#「五月九日」に二重傍線] 曇、歩いて三里、汽車で五里、樹明居(小郡)
文字通りの一文なし、といふ訳で、富田、戸田、富海行乞、駅前の土産物店で米を買うていたゞいて小郡までの汽車賃をこしらへて樹明居へ、因縁があつて逢へた、逢ふてうれしかつた、逢ふだけの人間だから。
街の家で飲んで話した、呂竹、冬坊、俊の三君にも逢つた、呂竹居に泊る、樹明君もいつしよに。
[#ここから3字下げ]
街は祭の、世間師泣かせの雨がふる(福川)
霽れるより船いつぱいの帆を張つた
やつとお天気になり金魚、金魚
□
晴れて鋭い故郷の山を見直す(防府)
育ててくれた野は山は若葉
車窓《マド》から、妹の家は若葉してゐる
[#ここで字下げ終わり]
戸田ではS君に逢ひたくてたまらなかつた、君は没落して大連にゐるのに。
椿峠で二人連れのルンペンに逢つた、ルンペンらしいルンペンだつた。
今日の行乞相は九十点以上。
防府を過ぎる時はほんたうに感慨無量だつた。
樹明居は好きになつた、樹明君が好きになつたやうに。
[#ここから2字下げ]
柿若葉その家をたづねあてた(樹明居)
逢へたゆふべの椿ちりをへてゐる
地肌あらはなたそがれの道で
こんやはここで寝る鉄瓶の鳴る(呂竹居)
壁に影する藺の活けられて
・ふるさとの夜がふかいふるさとの夢
すゞめがおぢいさんがもうおきた
・けさの風を入れる
□
赤いのは楓です(即興追加)
・水音のクローバーをしく
身にせまり啼くは鴉
また鴉がなく旅人われに
[#ここで字下げ終わり]
五月十日[#「五月十
前へ
次へ
全38ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング