ら庭の桜も満開、波音も悪くありません。……
    □
 麦田花菜田長い長い汽車が通る
 霞の中を友の方へいそぐ
 霞のあなたで樹を伐る音をさせてゐる
 水音を踏んで立ちあがる
 晴れて風ふく銅像がある
・早泊りして蘭竹の風が見える(改作)
 ひさ/″\きて波音のさくら花ざかり(隣船寺)
[#ここで字下げ終わり]

 四月十九日[#「四月十九日」に二重傍線] 晴、そして風、行程三里、赤間町、小倉屋(三〇・中)

奥さんが夜中に戻つて来られたので、俊和尚も安心、私も安心だ、しかしかういふ場合に他人が狭[#「狭」に「マヽ」の注記]つてゐるのはよくないので、早々草鞋を穿く、無論、湯豆腐で朝酒をやつてからのことである。
行乞気分になれないのを行乞しなければならない今日だつた、だいたい、友を訪ねる前、友を訪ねた後は、所謂里心[#「里心」に傍点]が起るのか、行乞が嫌になつて、いつも困るのだが。
もう山吹が咲き杜鵑花が蕾んでゐる、紫黄のきれいなことはどうだ。
同宿五人、その中の婆さんは着物は持つてゐるが銭は持つてゐない、長崎からはる/″\門司にゐる息子を尋ねてゆくといふ、同宿の人々がいろ/\世話してあげたが、私はわざと知らない顔をしてゐた、我不関焉といふのではないが、彼女には好感を持てない何物かゞあるやうだ、明朝たばこ銭でもあげやうか、――彼女の存在は私の心を暗くした。
筍を食べたが、料理がムチヤクチヤなので、あんまりおいしくなかつた、うまい筍で一杯やりたいものだ。

 四月廿日[#「四月廿日」に二重傍線] 曇、風、行程四里、折尾町、匹田屋(三〇・中)

風にはほんたうに困る、塵労[#「塵労」に傍点]を文字通りに感じる、立派な国道が出来てゐる、幅が広くて曲折が少なくて、自動車にはよいが、歩くものには単調で却つてよくない、別れ路の道標はありがたい、福岡県は岡山県のやうに、此点では正確で懇切だ。
行乞相はよかつた、風のやうだつた(所得はダメ)。
省みて、供養をうける資格がない(応供に値するものは阿羅漢以上である)、拒まれるのが当然である、これだけの諦観を持して行乞すれば、行乞が修行となる、忍辱は仏弟子たるものゝ守らなければならない道である、踏みつけられて土は固まるのだ、うたれたゝかれて人間はできあがる。
[#ここから2字下げ]
 旅のこどもが犬ころを持つてゐる(ルンペン)
・けふもいちにち風をあるいてきた
 山ふところの水涸れて白い花
・風のトンネルぬけてすぐ乞ひはじめる
 もう葉桜となつて濁れる水に
[#ここで字下げ終わり]
同宿は土方君、失職してワタリをつけて放浪してゐる、何のかのと話しかける、名札を書いてあげる、彼も親不孝者、打つて飲んで買うて、自業自得の愚をくりかへしつゝある劣敗者の一人。

 四月廿一日[#「四月廿一日」に二重傍線] 晴、申分なし、行程三里、入雲洞房、申分なし。

若松市行乞、行乞相と所得と並行した、同行の多いのには驚いた、自省自恥。
若松といふところは特殊なものを持つてゐる、港町といふよりも船着場といつた方がふさはしい、帆柱林立だ(和船が多いから)、何しろ船が多い、木造、鉄製、そして肉のそれも!
諺文の立札がある、それほど鮮人が多いのだらう、檣のうつくしい港として、長崎が灯火の港であることに匹敵する如く。
鮮人宛の立札があるのは、諏訪神社に外人向のお※[#「鬥<亀」、第3水準1−94−30]札(英語の)があると[#「ると」に「マヽ」の注記]好対照だ。
入雲洞君はなつかしい人だ、三年ぶりに逢うて熊本時代を話し、多少センチになる。……
金魚売の声、胡瓜、枇杷、そしてこゝでも金盞花がどこにも飾られてゐた。
酢章魚がおいしかつた、一句もないほどおいしかつた、湯あがりにまた一杯が(実は三杯が)またよかつた、ほんに酒飲みはいやしい。
[#ここから2字下げ]
 煙突みんな煙を吐く空に雲がない(八幡製鉄所)
 ルンペンが見てゐる船が見えなくなつた(若松風景)
 ぎつしりと帆柱に帆柱がうらゝか( 〃 )
   入雲洞房二句
 窓にちかく無花果の芽ぶいたところ
 ひさしぶり話してをります無花果の芽
    □
・もう死ぬる金魚でうつくしう浮く明り
[#ここで字下げ終わり]
徹夜して句集草稿をまとめた、といふよりも、句集草稿をまとめてゐるうちに夜が明けたのだ、とにかくこれで一段落ついた、ほつと安心の溜息を洩らした、すぐ井師へ送つた、何だか子を産み落しや[#「しや」に「マヽ」の注記]うな気持、いや、私としては糞づまりを垂れ流したやうな心持である(きたない表現だけれど)。

 四月廿二日[#「四月廿二日」に二重傍線] 曇、あちらこちら漫歩、八幡市、山中屋(三〇・中)

朝酒、等、等、入雲洞さんの厚情が身心にしみる、洞の海を渡つて、木村さんを訪
前へ 次へ
全38ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング