がある、江戸ツ児で面白い肌合だ(私が彼を覚えてゐたやうに、彼もまた私を覚えてゐた)。
今日もよい日だつた、ほんたうにほどよい日だつた、ほどよく酔ひ、ほどよく眠つた。
よい食慾とよい睡眠、これから人生の幸福が生れる。
四月十六日[#「四月十六日」に二重傍線] 薄曇、市街行乞、宿は同前。
福岡は九州の都である、あらゆる点に於て、――都会的なもの[#「都会的なもの」に傍点]を感じるのは、九州では福岡だけだ。
今日の行乞相はよかつた、水の流れるやうだつた(まだ雲のゆくやうではないけれど)、しかし福岡は――市部はどこでも――行乞のむつかしいところ、ずゐぶんよく歩いたが、所得は、やつと食べて泊つて、ちよつぴり飲めるだけ。
一銭、一銭、そして一銭、それがたゞアルコールとなるばかりでもなかつた、今日は本を買つた(達磨大師についての落草談)、読んで誰かにあげやう、緑平老にでも。
春を感じる、さくらはあまり感じない、それが山頭火式だ。
夜は中洲の川丈座へゆく、万歳オンパレードである、何といふバカらしさ、何といふホガらし[#「し」に「マヽ」の注記]さ。
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・昼月に紙鳶をたたかはせてゐる
・水たまりがほがらかに子供の影うつす
・あたゝかに坊やは箱の中に寝てゐる
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――飲んだ、歩いた、歩いた、飲んだ――そして今日が今夜が過ぎてしまつた、たゞそれだけ、生死去来はやつぱり生死去来に御座候、あなかしこ。
夜は万歳を聞きに行つた、あんまり気がクサ/\するから、そしてかういふ時にはバカらしいものがよいから、――可愛い小娘がおぢさん/\ていつて好意を示してくれた。
世の中味噌汁[#「世の中味噌汁」に傍点]! 此言葉はおもしろい。
今夜、はじめて蕨を食べた、筍はまだ。
四月十七日[#「四月十七日」に二重傍線] 花見日和、午前中行乞、宿はおなじく。
わざと中洲――福岡市に於ける第一流の小売商店街――を行乞した、行乞相はよかつたけれど、所得は予想通りだつた、二時間で十五銭、まあ百軒に一軒いたゞいたぐらゐだらう、いたゞかないのになれて、いたゞくと何だかフシギなやうに感じた。
大浜の方は多少出る、少し歩いて、約束通り酒壺洞房を訪れる、アルコールなしで、短冊六十枚ばかり、半切十数枚書いた(後援会の仕事の一つである)、悪筆の達筆には主客共に驚いたことだつた、折々深雪女来訪、酒がまはれば舌もまはる、無遠慮なヨタはいつもの通り、夕方、酒君と共に農平居を襲ふ、飲んだり話したり、山頭火式、農平式、酒壺洞式、十時過ぎて宿に戻る、すぐ、ぐつすり寝た。
どうも近来飲みすぎる、友人の厚情に甘えるのもよくないけれど、自分を甘やかしてもよくない。
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・星がまたたく旅をつづけてきてゐる
・おわかれのせなかをたたいてくれた(農平居)
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一握の麦、それが私をよくした、といふのは、今日、行乞中に或る家で、子供が米と間違へて麦を持つてきた、受けては困るけれど、受けなければなほ困る(いつぞや佐世保で志だけ受けるといつたら、その子供が泣きだした)、ハンカチーフでいたゞいた、そして宿まで持つて帰つて鶏にやつたら食べてくれない、ボクチン宿のニハトリなんてゼイタクなものだ。
四月十八日[#「四月十八日」に二重傍線]
けさも早く起きたが雨だ、起きてくる誰もが不機嫌な顔をしてゐる、雨ほど世間師に嫌なものはないのに、此不景気だ、それやこれやで、とう/\喧嘩がはじまつた、呶鳴る、殴る、そして止める。
うるさいから、ぢつとしてゐるのもいやだから、十時過ぎてから、合羽を着て出立する、一時間ばかりで晴れてきた、どし/\歩いて神湊まで八里、久々で俊和尚に相見、飲んで話して書いて。――
俊和尚が浮かない顔をしてゐると思つたら、夫婦喧嘩して奥さんが実家へ走つたといふ、いろ/\宥めて電話をかけさせる、私と俊和尚とは性情に於て共通なものを持つてゐる、それだけ一しほ人事とは思へない、彼も憂欝、私も憂欝になる。
筑前の海岸一帯は美しい松原つゞきだが、殊に津屋崎海岸の松原は美しい、津屋崎の町はづれの菜の花も美しかつた、いちめんの花菜で、めざましいながめである(こゝでまた、筒井筒振分髪のH子をおもひだした)。
風がふいた、笠どころか、からだまで吹きまくるほどの風だ、旅人をさびしがらせるよ。
今夜は俊和尚の典座だ、飯頭であり、燗頭[#「燗頭」に傍点]であつた、ふらん草のおひたし、山蕗の甘煮、蕨の味噌汁、みんなおいしかつた、おいしく食べてぐつすり寝た。
かういふ手紙を書いた、それほど俊和尚はなつかしい人間だ。――
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また松のお寺の客となりました、俊禅師貎下の御親酌には恐入りました、サービス百パーセント、但しノンチツプ、折か
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