るさとの香をいたゞく
休み石、それをめぐつて草萌える
・よい湯からよい月へ出た
・はや芽ぶく樹で啼いてゐる
・笠へぽつとり椿だつた
はなれて水音の薊いちりん
・石をまつり緋桃白桃
・みんな芽ぶいた空へあゆむ
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四月五日[#「四月五日」に二重傍線] 花曇り、だん/\晴れてくる、心も重く足も重い、やうやく二里ほど歩いて二時間ばかり行乞する、そしてあんまり早いけれどこゝに泊る、松原の一軒家だ、屋号も松原屋、まだ電燈もついてゐない、しかし何となく野性的な親しみがある(二五・上)
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自省一句か、自嘲一句か
もう飲むまいカタミの酒杯を撫でてゐる(改作)
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自戒三章もなか/\実行出来ないものであるが、ちつとも実行出来ないといふことはない、或る時は菩薩、或る時は鬼畜、それが畢竟人間だ。
今日歩いて、日本の風景――春はやつぱり美しすぎると感じた、木の芽も花も、空も海も。……
風呂が沸いたといふので一番湯を貰ふ、小川の傍に杭を五六本打込んでその間へ長州釜を狭んである、蓋なんかありやしない、藁筵が被せてある、――まつたく野風呂[#「野風呂」に傍点]である、空の下で湯の中にをる感じ、なか/\よかつた、はいらうと思つたつてめつたにはいれない一浴だつた。
同宿二人、男は鮮人の飴屋さん(彼はなか/\深切だつた、私に飴の一塊をくれたほど)、女は珍重に値する中年の醜女、しかも二人は真昼間隣室の寝床の中でふざけちらしてゐる、彼等にも春は来たのだ、恋があるのだ、彼等に祝福あれ。
今夜もたび/\厠へいつた、しぼり腹を持ち歩いてゐるやうなものだ、二三日断食絶酒して、水を飲んで寝てゐると快くなるのだが、それがなか/\出来ない!
層雲四月号所載、井師が扉の言葉『落ちる』を読んで思ひついたが――落ちるがまゝに落ちるのにも三種ある、一はナゲヤリ(捨鉢気分)二はアキラメ(消極的安心)三はサトリ(自性徹見)である。
世間師には、たゞ食べて寝るだけの人生しかない!
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岩を掘り下げる音の春日影
・植ゑられてもう芽ぐんでゐる
・明日はひらかう桜もある宿です(木賃宿)
酒がやめられない木の芽草の芽
・旅の法衣に蟻が一匹
まッぱだかを太陽にのぞかれる(野風呂)
旅やけの手のさ
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