うつくしいといふ外ない。
田平から平戸へ、山も海も街もうつくしい、ちんまりとまとまつてソツがない、典型的日本風景の一つだらう。
テント伝道の太鼓が街を鳴らしてゆくのもふさはしい、お城の練垣が白く光つてゐる、――物みなうつくしいと感じた――すつかり好きになつてしまつた。
当地は爆弾三勇士の一人、作江伍長の出生地である、昨日本葬がはな/″\しく執行されたといふ。
今日の感想二三、――
私は今日まで、ほんたうに愛したことがない、随つてほんたうに憎んだこともない、いひかへれば、まだほんたうに生活したことがないのだ。
私は子供を好かない、子供に対しては何よりも『うるさい』と感じる、自分の子すら可愛がることの出来ない私が、他人の子を嫌つたところで無理はなからう。
此宿はしづかでよろしい、お客といつては私一人だ、一室一燈一鉢一人だ(宿に対してはお気の毒だけれど)。
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・春寒い島から島へ渡される
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昨夜は何だか変な女がやつてきてうろ/\してゐたやうだつた、をんなか、をんなか、をんなには用のない私だから、三杯機嫌でぐう/\寝てしまつたが!(一日朝記)

 四月一日[#「四月一日」に二重傍線] 晴、まつたく春、滞在、よい宿だと思ふ。

生活を一新せよ、いや、生活気分を一新せよ。
朝、大きな蚤がとんできた、逃げてしまつた、もう虱のシーズンが去つて蚤のシーズンですね。
朝起きてすぐお水(お初水?)をくむ、ありがたしともありがたし。
九時から二時まで行乞、そして平戸といふところは、人の心までもうつくしいと思つた、平戸ガールのサービスがよいかわるいかは知らない、また知らうとも思はない、しかし平戸はよいところ、何だか港小唄でもつくりたくなつた。
しかし、しかし、しかし、行乞中運悪く二度も巡査に咎められた、そこで一句、――
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巡査が威張る春風が吹く
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「絵のやうな」といふ形容語がそのまゝこのあたりの風景を形容する、日本は世界の公園だといふ、平戸は日本の公園である、公園の中を発動船が走る、県道が通る、あらゆるものが風景を成り立たせてゐる。
もし不幸にして嬉野に落ちつけなかつたら、私はこゝに落ちつかう、こゝなら落ちつける(海を好かない私でも)。
美しすぎる――と思ふほど、今日の平戸附近はうらゝかで、ほがらかで、
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