[#「ばな」に「マヽ」の注記]い。

 二月一日[#「二月一日」に二重傍線] 雨、曇、行程四里、千綿《チワタ》(長崎県)、江川屋(三〇・中)

朝風呂はいゝなあと思ふ、殊に温泉だ、しかし私は去らなければならない。
武雄ではあまり滞留したくなかつたけれど、ずる/\と滞留した、こゝでは滞留したいけれど、滞留することが出来ない、ほんに世の中はまゝにならない。
彼杵《ソノギ》(むつかしい読方だ)まで三時[#「時」に「マヽ」の注記]、行乞三時間、また一里歩いてこゝまできたら、降りだしたので泊る、海を見晴らしの静かな宿だ。
今日の道はよかつた、山も海も(久しぶりに海を見た)、何だか気が滅入つて仕方がない、焼酎一杯ひつかけて胡魔化さうとするのがなか/\胡魔化しきれない、さみしくてかなしくて仕方がなかつた。
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・寒空の鶏をたゝかはせてゐる
・水音の梅は満開
 牛は重荷を負はされて鈴はりんりん
[#ここで字下げ終わり]
最後の句は此地方の牛を表現してゐると思ふ、鈴音のりん/\は聞いてうれしいが、牛の重荷は見てかなしい。
私はだん/\生活力が消耗してゆくのを感じないではゐられない、老のためか、酒のためか、孤独のためか、行乞のためか――とにかく自分自身の寝床が欲しい、ゆつくり休養したい。
新しい鰯を買つて来て、料理して貰つて飲んだ、うまかつた、うますぎだつた。
前後不覚、過現未を越えて寝た。

 二月二日[#「二月二日」に二重傍線] 雨、曇、晴、四里歩いて、大村町、山口屋(三〇・中)

どうも気分がすぐれない、右足の工合もよろしくない、濡れて歩く、処々行乞する、嫌な事が多い、午後は大村町を辛抱強く行乞した。
大村――西大村といふところは松が多い、桜が多い、人も多い。
軍人のために、在郷人のために、酒屋料理屋も多い。
昨日も今日も飛行機の爆音に閉口する、すまないけれど、早く逃げださなければならない。
此宿はよい、しづかで、しんせつで、――湯屋へいつたがよい湯だつた、今日の疲労を洗ひ流す。
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・街はづれは墓地となる波音
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何だか物哀しくなる、酒も魅力を失つたのか!
あたゝかいことだ、まるで春のやうだ、そゞろに一句があつた。
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・あたたかくて旅のあはれが身にしみすぎる
[#ここで字下げ終わり]
お互に酒を
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