、行程五里、九十四間の自然石段に一喝され、古びた仁王像(千数百年前の作ださうな)に二喝された、土間の大柱(楓ともタブともいふ)に三喝された、そして和尚のあたゝかい歓待にすつかり抱きこまれた。
一見旧知の如し、逢うて直ぐヨタのいひあひこが出来るのだから、他は推して知るべしである。
いかにも禅刹らしい(緑平老はきつと喜ぶだらう)、そしていかにも臨済坊主らしい(それだから臭くないこともない)。
遠慮なしに飲んだ、そして鼾をかいて寝た。
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・父によう似た声が出てくる旅はかなしい
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今日はほんたうにうらゝかだつた、枯葦がびつくりしてそよいでゐた、私のやうに。
フトン薄くてフミンに苦しむ、このあたりはどこの宿でも掛蒲団は一枚(好意でドテラをくれるところもあるが)。
をんな山、女らしくない、いゝ山容だつた。
馬神隧道といふのを通り抜けた、そして山口中学時代、鯖山洞道を通り抜けて帰省した当時を想ひだして涙にむせんだ、もうあの頃の人々はみんな死んでしまつた、祖母も父も、叔父も伯母も、……生き残つてゐるのは、アル中の私だけだ、私はあらゆる意味に於て残骸だ!
此地方は二月一日のお正月だ、お正月が三度来る、新のお正月、旧のお正月、――お正月らしくないお正月が三度も。
共同餅搗は共同風呂と共に村の平和を思はせる。
勝鴉(神功皇后が三韓から持つて帰つたといふ)が啼いて飛ぶのを見た、鵲の一種だらう。
歩く、歩く、死場所を探して、――首くゝる枝のよいのをたづねて!
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飯盛山福泉寺(解秋和尚主董、鍋島家旧別邸)
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山をそのまゝの庭、茅葺の本堂書院庫裏、かすかな水の音、梅の一二本、海まで見える。
猫もゐる、犬もゐる、鶏も飼つてある、お嬢さん二人、もろ/\の声(音といふにはあまりにしづかだ)。
すこし筧の匂ひする山の水の冷たさ、しん/\としみいる山の冷え(薄茶の手前は断はつた)、とにかく、ありがたい一夜だつた。

 一月廿九日[#「一月廿九日」に二重傍線] 曇后晴、行程三里、武雄、油屋(三〇・中)

朝から飲んで、その勢で山越えする、呼吸がはずんで一しほ山気を感じた。
千枚漬はおいしかつた(この町のうどんやで柚子味噌がおいしかつたやうに)。
解秋和尚から眼薬をさしてもらつた(此寺へは随分変り種がやつてくるさうな、
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