附野(津々野)のお薬師さまにまゐる、景勝の地、参拝者もかなりあるらしい。
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けふは霰にたゝかれてゐる(改作)
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 五月廿三日[#「五月廿三日」に二重傍線] 晴、行程六里、小串町、むし湯( ・ )

久しぶりの快晴、身心も軽快、どし/\歩く、久玉《クタマ》、二見、湯玉といふところを行乞、小串まで来て宿をさがしあてたが、明日は市が立つので満員で断られる、教へられて、この蒸湯へ来た、事情を話して、やつと泊めて貰ふ、泊つて見れば却つて面白い、生れて初めて蒸湯といふものへはいる、とても我慢が出来なかつた。
今日の特種として、もう一つ書き添へなければならない、それは久玉でお祭の御馳走を頂戴したことである。
今日の行乞相も及第、所得は優等だつた。
旅の眼覚の窓をあけたら、青葉若葉に朝月があつた。
このあたりの海岸は日本的風景。
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 波音のお念仏がきこえる
・玄海の白波へ幟へんぽん
・向きあつておしやべりの豆をむぐ
    □
・旅のつかれの夕月が出てゐる
                (改作追加)
・焼芋をつゝんでくれた号外も読む
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蚤と蚊と煩悩に責められて、ちつとも睡れなかつた、千鳥が鳴くのを聞いたが句にはならなかつた。……
先日からいつも同宿するお遍路さん(同行といふべきだらうか)、逢ふたびに、口をひらけば、いくら貰つた、どこで御馳走になつた、何を食べた、いくら残つた、等々ばかりだ、あゝあゝお修行[#「お修行」に傍点]はしたくないものだ、いつとなくみんな乞食根性になつてしまふ!

 五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線] 晴、行程わづかに一里、川棚温泉、桜屋(四〇・中)

すつかり夏になつた、睡眠不足でも身心は十分だ、小串町行乞、泊つて食べて、そしてちよつぽり飲むだけはいたゞいた。
川棚温泉――土地はよろしいが温泉はよろしくない(嬉野に比較して)、人間もよろしくないらしい、銭湯の三銭は正当だけれど、剃髪料の三十五銭はダンゼン高い。
妙青寺(曹洞宗)拝登、荒廃々々、三恵寺拝登(真言宗)、子供が三人遊んでゐた、房守さんの声も聞える、山寺としてはいゝところだが。――
歩いて、日本は松の国[#「日本は松の国」に傍点]であると思ふ。
新緑郷――鉄道省の宣伝ビラの文句だがいゝ言葉だ――だ、
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