字下げ]
初夏の水たたへてゐる
雲がない花の散らうとしてゐる
柿の若葉が見えるところで寝ころぶ
けふのみちも花だらけ
・わらや一つ石楠花を持つ
[#ここで字下げ終わり]
途上で、蛇が蛙を呑まうとしてゐるのを見た、犬養首相暗殺のニユースを聞かされた。
五月十七日[#「五月十七日」に二重傍線] 十八日 十九日 降つたり吹いたり晴れたり、同じ宿で。
仏罰覿面、痔がいたんで歩けないので休養、宿の人々がまたよく休養させてくれる、南無――。
同宿の同行はうれしい老人だつた、酒好きで、不幸で、そして乞食だ!
何といふ山のうつくしさだらう、このあたりに草庵を結ばうかと思つたほどのうつくしさだつた。
終日黙想、労れたら寝た、倦いたら読んだ、曰く、講談本、――新撰組、相馬大作、等、等、等。
自動車パンク、そしてガソリン発火、こんな山村にもこんな事件が起つた、そして狂人、そして死人。……
晴、風、そして雨、それがホントウだ。
またこゝで、一皮脱ぎました、たしかに一皮だけは。
五月廿日[#「五月廿日」に二重傍線] 曇、行程四里、正明市、かぎや(三〇・中)
いや/\歩いて、いや/\ホイトウ、仙崎町三時間、正明市二時間、飯、米、煙、そしてそれだけ。
此宿の主人は旧知だつた、彼は怜悧な世間師だつた、本職は研屋だけれど、何でもやれる男だ、江戸児だからアツサリしてゐる、おもしろいね。
同宿六人、みんなおもしろい、あゝおもしろのうきよかな[#「あゝおもしろのうきよかな」に傍点]、蛙がゲロ/\人間ウロ/\。
空即空[#「空即空」に傍点]、色是色[#「色是色」に傍点]、――道元禅師の御前ではほんたうに頭がさがる、――日本に於ける最も純な、貴族的日本人[#「貴族的日本人」に傍点]、その一人はたしかに永平老古仏。
こゝで得ればかなたで失ふ、一が手に入れば二は無くなる、彼か彼女か、逢茶喫茶、ひもぢうなつたらお茶漬でもあげませうか、それがほんたうだ、それでたくさんだ、一をたゞ一をつかめば一切成仏、即身即仏、非心非仏。
[#ここから2字下げ]
こんやの宿も燕を泊めてゐる
・ふるさとの夜となれば蛙の合唱
[#ここで字下げ終わり]
初めて逢うた樹明君、久しぶりに逢うた敬治君、友はよいかな、うれしいかな、ありがたいかな、もつたいないかな、昨日今日、こんなにノンキで生きてゐるのはみんな友情の賜物である
前へ
次へ
全75ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング