突ばつかり
焼芋つゝんで下さつた号外で
・ぬけさうな歯を持つて旅にをる
ぬけた歯を見詰めてゐる
□
お留守に来て雀のおしやべり(緑平居)
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五月一日[#「五月一日」に二重傍線] まつたく五月だ、緑平居の温情に浸つてゐる。
熱があるとみえて歯がうづくには困つたが、洗濯したり読書したり、散歩したり談笑したり。
彼女からの小包が届いてゐた、破れた綿入を脱ぎ捨てゝ袷に更へることが出来た、かういふ場合には私とても彼女に対して合掌の気持になる。
廃坑を散歩した、アカシヤの若葉がうつくしい、月草を摘んできて机上の壺に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]して置く。
放哉書簡集を読む、放哉坊が死生を無視(敢て超越とはいはない、彼はむしろ死に急ぎすぎてゐた)してゐたのは羨ましい、私はこれまで二度も三度も自殺をはかつたけれど、その場合でも生の執着がなかつたとはいひきれない(未遂にをはつたが[#「たが」に「マヽ」の注記]その証拠の一つだ)。
筍を、肉を、すべてのものをやはらかく料理して下さる奥さんの心づくしが身にしみた(私の歯痛を思ひやつて下さつて)。
緑平老は、あやにく宿直が断りきれないので、晩餐後、私もいつしよに病院へ行く、ネロ(その名にふさはしくない飼犬)もついてくる。
緑平居に多いのは、そら豆、蕗、金盞花である、主人公も奥さんも物事に拘泥しない性質だから、庭やら畑やら草も野菜も共存共栄だ、それが私にはほんたうにうれしい。
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廃坑の月草を摘んで戻る
廃坑、若葉してゐるはアカシヤ
・ここにも畑があつて葱坊主
へたくそな鶯も啼いてくれる
・夕空、犬がくしやめした
ひとりものに犬がじやれつく
香春晴れざまへ鳥がとぶ
□
何が何やらみんな咲いてゐる(緑平居)
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五月二日[#「五月二日」に二重傍線]
五月は物を思ふなかれ、せんねんに働け、といふやうなお天気である、かたじけないお日和である、香春岳がいつもより香春岳らしく峙つてゐる。
早く起きる、冷酒をよばれてから別れる、そつけない別れだが、そこに千万無量のあたゝかさが籠つてゐる。
四里ばかり歩いて、こゝまで来て早泊りした、小倉の宿はうるさいし、痔もよくないし、四年前、長い旅から緑平居へいそいだと
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