うにすまないと思ひながらも)。
さきころまでは何を食べても――水を飲んでさへも――塩つぽく感じたのに、けふこのごろは、何を食べても甘たらしく感じる、何の病気だらうか、しかし近来の私は健康である、今夜も馬酔木居で、肥えたといはれたが、なるほど、私は肥えた、手首を握つて見るに、今までにない大きさである。……
通信費が多いのには閉口する、こゝへ移つてから、転居の通知やら、年始状やらで、もう葉書を百五十枚ぐらいは買つたらう、これではとてもやりきれない(生活費の三割以上を占めるやうになる)、早く三八九を出して、それを利用したい。
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 先祖代々菩提とぶらふ水仙の花
 酔へばけふもあんたの事(緑平さんに)
・うまい手品も寒い寒い風
 正月二日の金峰山も晴れてきた
 お正月の熊本を見おろす
・もう死ぬる声の捨猫をさがす
 自動車も輪飾かざつて走る
 持てるものみんな持つて歩いてゐる(老遍路さん)
 よい月の葉ぼたんのよさ
   追加二句
・訪ねる人もゐない街のぬかるみ
 闇をつらぬいて自動車自動車
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 一月三日[#「一月三日」に二重傍線] うらゝか、幸福を感じる日、生きてゐるよろこび、死なゝいよろこび。

――昨夜の事を考へると憂欝になる、彼女の事、そして彼の事、彼等に絡まる私の事、――何となく気になるのでハガキをだす、そして風呂へゆく、垢も煩らひも洗ひ流してしまへ(ハガキの文句は、……昨夜はすまなかつた、酔中の放言許して下さい、お互にあんまりムキにならないで、もつとほがらかに、なごやかに、しめやかにつきあはふではありませんか、……といふ意味だつたが)。
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 お正月も暮れてまだ羽子をついてゐる
・お正月のまんまるいお月さんだ
 夕闇せまりくる独馬をたゝかはせてゐる
 おとなしく象は食べものを待つばつかり(有田洋行会所見二句)
 食べものに鼻がとゞかない象は
 水仙けさも一りんひらいた
・とりとめもなく考へてゐる水仙のかほり
 考へてをる水仙ほころびる
 水仙ひらかうとするしづけさにをる
・いやな夢見た朝の爪をきる
 寝る前の尿する月夜ひろ/″\
 よい月夜のび/\と尿するなり
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当座の感想を書きつけておく。――
恩は着なければならないが、恩に着せてはならない、恩を着せられてはやりきれない。
親しまれるのはうれしいが、憐れまれてはみじめだ。
与へる人のよろこびは与へられる人のさびしさとなる、もしほんたうに与へるならば、そしてほんたうに与へられるならば、能所共によろこびでなければならない。
与へられたものを、与へられたまゝに味ふ、それは聖者の境涯だ。
若い人には若い人の句があり、老人には老人の句があるべきである、そしてそれを貫いて流れるものは人間の真実である、句を読む人を感動せしむるものは、句を作る人の感激に外ならない。
父子共に句作者であつて、そしてその句が彼等のいづれの作であるかゞ解らないやうな句を作るやうでは情ない、現今の層雲にはかういふ悲しむべき傾向がある(今月号所載、谷尾さんの苦言は肯綮に当つてゐる、私もかね/″\さう考へてもゐたし、またしば/\口に出して忠告もしてゐた)。
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  自嘲一句
詫手紙かいてさうして風呂へゆく
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 一月四日[#「一月四日」に二重傍線] 曇、時雨、市中へ、泥濘の感覚!

昨日も今日も閉ぢ籠つて勉強した、暮れてから元寛居を訪ねる、腹いつぱいお正月の御馳走になつて戻つた。
一本二銭の水仙が三輪開いた、日本水仙は全く日本的な草花だと思ふ、花も葉も匂ひも、すべてが単純で清楚で気品が高い、しとやかさ、したしさ、そしてうるはしさを持つてゐる、私の最も好きな草花の一つである。
やうやく平静をとりもどした、誰も来ない一人の一日だつた。
米と塩[#「米と塩」に傍点]――それだけ与へられたら十分だ、水だけは飲まうと思へば、いつだつて飲めるのだが。
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 しぐれ、どこかで三味を弾いてる
 水兵さんがならんでくる葉ぼたん畑
 今年のお正月もお隣りのラヂオ
 ひそかに蓄音機かけてしぐれる
 けふも返事が来ないしぐれもやう
・ひとり住んで捨てる物なし
 二階ずまゐのやすけさのお粥が出来た
 お正月もすんで葉ぼたんの雨となつて
 さん/″\降りつめられてひとり
 ぬかるみふみゆくゆくところがない
・重いもの負うて夜道を戻つて来た
・戻れば水仙咲ききつてゐる
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今夜は途上でうれしい事があつた、Sのところから、明日の句会のために、火鉢を提げて帰る途中だつた、重いもの、どしや降り、道の凹凸に足を踏みすべらして、鼻緒が切れて困つてゐると、そこの家から、すぐと老人が糸
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